東方修行僧 38
二人の拳が交差する。刹那、激しい衝撃波で周辺の木々が木片と化した。
両者の勢いはまだ劣らない。ヒューマノイドはすぐに逆の手で華扇の顔面めがけ拳を突き出すが、華扇はそれを払いのける。
上手く力を受け流されたヒューマノイドは一瞬バランスを崩した。
ヒューマノイドの胴体ががら空きになる。
「っ!」
華扇は容赦なく一発浴びせた。金属が軋むような音と共にヒューマノイドは木々を薙ぎ倒しながら吹っ飛んだ。
その一撃でヒューマノイドは確信した。
(やはり師匠は・・・ッ!?)
そこで思考が止まる。
突如目の前に華扇が現れた。自らが全力で殴り飛ばした相手に追いついたのだから、かなりのスピードだろう。
そして華扇は既に攻撃のモーションに入っていた。地面に向かって垂直方向に放たれた拳はヒューマノイドに直撃し、その余波で地面に大穴を開けた。
「ぐ・・・」
その大穴の中心部分にヒューマノイドの体が打ち付けられ、更に深い小さい穴が開いた。常人なら体がバラバラになっても可笑しくは無い。
「ぶはぁっ!」
ヒューマノイドは穴の淵を掴んだ。まだ手に力は入る。そのままぐんと力を込めて穴から抜け出した。
華扇は何も言わずにずっと俯いている。相変わらず表情すら分からない。
「・・・師匠」
ヒューマノイドはふらつきながら立ち上がった。華扇はそれを、じっと見る。
「貴方が何故マインドに敗北したかは問いません。しかし何故さっきから一言も喋らないのですか?」
「・・・」
華扇は何も応えない。
(様子がおかしい、あれではただの操り人形・・・。)
ヒューマノイドは一度、意志を乗っ取られた幻想郷の住民を見ている。その時は今の華扇みたいに表情を全く見せず俯いている者は誰一人いなかった。いや、むしろ表情は喜怒哀楽様々なものがあったはず。自分の行動に対して罪悪感を抱く者もいたはず。魔理沙と対峙したさとりは最初はあまり喋らなかったが、あれは元々の性格に起因するものがある。
そうなると可能性は二つ。一つはマインドが華扇だけより強く意志を操ったか。より深いダメージを負わせられる事が出来たのならそれ相応に能力の影響も強まる筈だ。しかし華扇ともあろう者がマインド相手にそこまで不覚をとるだろうか?マインドのあの不死の特性を活かせば泥試合にもつれこませて徐々に体力を削る事は出来るかもしれないが、華扇がそれに気付かないほど鈍感だとは考えにくい。そもそも華扇だけ強く操るメリットがない。
そうなるともう一つの可能性は・・・。
「自分自身が感情を出さないようにしている・・・か」
ほんの一瞬、華扇が微妙に顔を上にあげた。
「!(反応した・・・)本当に貴方がそのような行動を取っているとするならば、何故そのような事をしているのですか?」
「・・・っ」
「私でよければ話し」
突如、華扇が大地を蹴った。
そして勢いのままにヒューマノイドを殴った。彼の技量なら確かに反応出来たはずなのに、何故か彼は対応しようとしなかった。
またもヒューマノイドが吹っ飛ぶ。先程の一撃に比べれば重くなかったのか、飛距離もそこまではなかった。
「・・・、私でよければ話しを聞きますよ?」
ヒューマノイドはゆっくり立ち上がり、服についた汚れを払った。一見余裕そうに見えるが、口からは血を零している。
「・・・」
「私じゃ何か不都合な事でも?」
華扇は何も喋らない。
しかし、華扇の体が小刻みに揺れていた。それはまるで何かに恐怖しているようだった。
「・・・そこまで言いたくありませんか。なら私が言います」
「・・・っ!」
華扇がまたもやヒューマノイドに襲い掛かる。が、相変わらずヒューマノイドは対応しようとしない。
そして今度の攻撃は一発では終わらなかった。何度も華扇はヒューマノイドを殴る、殴る、殴る。ヒューマノイドは無抵抗でそれを受け続けていた。
「っ!っ!」
華扇の表情が、殴る振動で見え隠れする。
もうヒューマノイドには全て分かりきっていた。
ヒューマノイドはパッと華扇の手を掴んだ。
「師匠・・・」
「・・・そうです。私が感情を露にしてしまって貴方の攻撃を受けた時に反応してしまうと、貴方が耐えられなくなってしまうと思ったのです。操られてしまったのは不意を突かれた私の責任。それなのに貴方に迷惑をかけては・・・」
「・・・」
「・・・しかし、結局貴方を傷付けてしまうだけだった。本当に・・・ごめんなさい」
「・・・、
・・・お言葉ですが、師匠」
「っ・・・?」
ヒューマノイドは思いっきり腕を振りかぶり、
思いっきり師を殴った。
「~~~ッ!」
華扇の顔が苦痛に歪む。
「私はこれでも4000年以上戦場で生きてきた戦士だ」
「貴方の心境は十分に理解できる。全部私を思っての事だったんですよね」
「・・・」
華扇は静かに頷いた。
「はあ・・・正直心外ですよ。私がそんな程度で怯むとでも?」
「うっ・・・」
華扇はばつが悪そうな顔をした。
「いいですか?私は自分の感情を戦場での判断で足枷にするような真似は一切しません」
「はい・・・」
「大体私が『精神面を鍛えてくれ』と頼み込んだのは貴方だったじゃ・・・」
そこまで言って、ヒューマノイドは口を止めた。
無理も無い。目の前で少女が泣きそうになっているのに説教を続ける紳士など何処にもいない。華扇は今にも泣きそうだった。
「はぁ・・・」
ヒューマノイドは溜息をついた。そしてそのまま
・・・華扇を優しく抱きしめた。
「っ!?ちょ、何をして・・・///」
「すいません。自分の師匠とはいえ女性を悲しませてしまいました。修行をつけてもらったのに、貴方の弟子失格ですね」
「・・・、私も、弟子に説教されてしまいました。師匠失格ですね」
そう言いながら安心したのか、華扇は落ち着きを取り戻した。
そしてヒューマノイドの抱擁に応じようと、華扇はそっと腕をヒューマノイドの背中に・・・。
ドゴォッッ!!
華扇はヒューマノイドを殴っていた。
「いってぇぇぇぇぇぇええッッ!!!」
ヒューマノイドは今度も木々を薙ぎ倒し吹き飛んだ。
「あ、ごめんなさい!自分の意志じゃないんです!」
「いえいえ・・・操られてる事忘れてた私も悪いです・・・」
ヒューマノイドは木片を頭からどかし立ち上がった。
「ところで師匠。今魔理沙ちゃんやアジちゃん、リーザちゃんがマインドとアシッドを相手してますが、その戦いでマインドが倒れないと貴方は元に戻らないわけですが」
「?」
「以前から貴方と手合わせしたいと思っていたんですよ。お相手お願いできますか?」
「・・・ふむ」
華扇は一瞬考える素振りをした。
「いいでしょう。では私からも提案を述べます。これで私が勝ったらまだまだ修行が足りないとしてもう一度修行を受けてもらいます」
「うへぇ・・・」
ヒューマノイドは即座に今まで受けてきた肉体労働の数々を思い出した。
「しかし貴方が勝ったら合格として、私に敬語を使わなくてよしとします。師匠と呼ぶのもやめて、華扇と普通に呼んで下さい」
「それは私と仲良くなりたいんですか?」
「オホン!」
ニヤニヤ笑うヒューマノイドを尻目に、華扇は咳払いをした。
「そのような不埒な発言をするのは、戦いに勝利してからにしてください!」
「え、勝ったらいいんですか?」
「も、勿論」
ヒューマノイドの目がキラキラ輝いた。
「ただし、そのような発言をした際には本気で殺しますけどね」
ヒューマノイドの目がどんより曇った。