東方修行僧 72
大きく湾曲した二本の腕は二人の首を締め付け、自身の体へと引きつける。二人はそれに引っ張られ、後方へと下がった。
衝撃で、二人の首元に痛みが走った。
「ぐっ・・・何よ、これ・・・!」
「全然外れないん、だぜ・・・」
その腕は二人をこれでもかと締め付け、遂に二人は呼吸をする事が出来なくなってしまった。苦しみ悶える二人を無視してその締め付けは強くなっていく。
「があ・・・っ!」
拘束が強くなる中、霊夢は自分達を拘束している奴の正体を探ろうと後ろを見た。腕、肩、首元・・・そしてとうとう顔に目線がいく。
「レイル・・・!」
そこには今さっき倒れたばかりのレイルの姿があった。
「くそ、まだ生きてたか!」
その言葉を聞いた魔理沙が、苦虫を噛み潰したような顔をする。だがその表情も、首元に感じる圧迫感によってすぐに消え失せた。
「くそ・・・やめ・・・」
霊夢は苦しさに耐えながらレイルを見ていたが、様子がおかしい。先程から何かを嫌悪しながら、それに抵抗するように必死に体を動かしている。そして霊夢は直感した。今自分達を締め上げている人物はレイルであって、レイルでない事を。
そしてそれは、次に発せられる声によって確実なものとなった。
『邪魔するなレイル。こいつらは殺しておかないと危険因子に成り得る』
二人には聞き覚えの無い声だったが、すぐにそれがニャルラトテップの声だと理解した。
「やめろニャルラトテップ・・・!」
そこでヴァルドが異変に気付き、此方へやってきた。そしてレイルの姿を見て、驚愕した。
「ボス!」
「来るなヴァルド!ニャルラトテップが出やがった・・・!」
『うるせーな。お前は引っ込んでろって』
「ぐっ!」
ニャルラトテップが何かしたのか、レイルは頭痛のようなものを感じた。そしてどんどん、意識が薄れていく。
「く・・・」
しかしレイルの精神は肝っ玉であった。徐々に押さえ込まれつつも決してニャルラトテップへの抵抗をやめない。そのお陰で二人の首がすぐ飛ばずに済んでいるが、二人の首への圧力を高まりを見せる一方だ。
「やめろニャルラトテップ・・・!」
『やめないねえ』
ニャルラトテップは更に力を込めた。
「ぐうっ!!」
「がっ!!?」
二人の首はミシミシと軋み、悲鳴を上げていた。
「やめろ・・・やめろォ・・・」
『くっくっ・・・あっはっはっはっは!!!』
苦しそうにもがく二人の様と、必死に抵抗するレイルの声をニャルラトテップは嘲笑う。
『そろそろ終わらせっか・・・』
「やめろニャルラトテップ!」
ヴァルドは拳銃を取り出しニャルラトテップに頭を撃った。ニャルラトテップが怯んだ隙にヴァルドは接近して手榴弾のピンを引き抜いた。
「二人を離せ!!」
ヴァルドは手榴弾を持った手をニャルラトテップの口目掛けて押し込もうとする。
しかしそれは、実らぬ抵抗だった。
『ふんっ』
ニャルラトテップは胴から更に腕を伸ばし手榴弾を叩き落とした。その反動でよろめくヴァルドを、今度はまた新しく生えてきた腕が襲い掛かる。
「ぐふっ!」
鞭の様に振り下ろされたその腕はヴァルドの背中に命中し、ヴァルドを吹き飛ばす。その一発でヴァルドの背骨には衝撃が迸る。
「ぐ・・・おうえッ!!」
「ヴァルドっ!」
地面を転がった後、ヴァルドは血反吐を吐いて倒れた。
「くそ・・・なんて破壊力だ・・・」
その一撃はヴァルドを沈めるのに充分で、ヴァルドは立てなくなってしまった。
『さあ、覚悟はいいか?巫女に魔法使いよ』
「うぐ・・・うえっ・・・」
「ヤメロォォォォオッッ!!」
レイルの静止など聞く筈が無く、ニャルラトテップは今度こそ腕に力を込めた。
が、「力を込めろ」との脳からの指令が行き届く事は無かった。
ニャルラトテップの両腕が切り落とされていた。
『ッ、アアア亜A%drtgm#sszッッ!!!』
ニャルラトテップが、もはや人語では無い言葉で悲鳴を上げる。
「げほっ!げほっ!」
霊夢と魔理沙の拘束が解ける。二人は地面に体をぶつけ、喉元を手で押さえながら激しく咳き込んだ。
「一体何が起こったんだ・・・!」
ヴァルドは拘束が解けた二人から、目線をニャルラトテップの方へと移した。
「まさかあれは・・・」
そして同時に目に映ったものに驚愕した。
「か、カルビン!ヒューマノイドのカルビンじゃないか!」
地面から聳え立つように生えたカルビン。ニャルラトテップは痛みに耐えながら何が起こったのか確認しようとカルビンの根元を見た。その視覚情報はレイルにも共有される。
『何だ、これは・・・!』
ニャルラトテップが驚愕するそれに、レイルは見覚えがあった。
「これは俺があの技を使った時に結界に生じた亀裂・・・!」
そう、そこにあったのは亀裂となって現れた幻想郷の境界だった。
そこにいた全員が驚いていると、その場に足音が響く。
戦士は再び立ち上がったーー。
「やあ皆。心配かけたね」
飄々とした口ぶりで話すその人物は、全員が既に何度も見た人物だった。
「ヒューマ・・・ヒューマなのか!」
「ああ!心配かけた!」
最初に声をあげた魔理沙に、ヒューマは紳士的な態度で応対する。
「無事だったのね、良かった・・・」
霊夢が安堵の声を漏らす。
ヒューマがくいっと指を上に上げる。するとたちまち地面から無数のカルビンがニャルラトテップの肉体を貫いていった。
それは何本も度重なり、ニャルラトテップは体を動かす余裕も無くなった。
『貴様・・・、ッ!』
「生きていたとはなヒューマノイド」
「相手が本当に息絶えたか確認するのは戦士の鉄則だぞ、レイル」
「どうやって生き延びた?」
「生き延びたもなにも、私は死ぬような事はされていないぞ?」
「何だって?」
レイルの声が裏返る。
「私が頭を砕かれた後、一瞬いなくなっただろう。その時反射で再生した頭部以外に私は自分のダミーを作った。君がさっきまで戦っていたのはそのダミーだ」
「じゃあおまえ自身は何処に?」
「結界を越えて外の世界の博麗神社に移動していた。私は元々世界を自由に移動出来るから、普通は行けない外の世界の博麗神社へも容易に行けた。そこで機会を窺ってたった今登場した訳だ」
レイルは再度結界の亀裂を見た。
「それでこいつは結界から生えてきたのか・・・」
「君が結界をごちゃごちゃにしてなかったら出来なかった事だ。感謝するよ」
「二人ともよく頑張った。感謝する」
「ったく、女の子に戦わせて置いてあんたは日和見主義なの」
「紳士の風上にも置けないぜ」
「気丈な子達だ・・・」
続いてヴァルドの元へ。
「また会ったね」
「アンタの奇策には感服だ。一体何手先まで読んでいるのやら」
「さて、レイルを解放してあげようじゃないか」
ヴァルドを下ろすと霊夢に言った。その言葉の真意を理解した霊夢は軽く頷き、懐から強力な霊力を纏ったお札を出した。
お札には、‘‘成仏’’という文字が刻まれていた。
霊夢はゆっくりレイルに近付き、そのお札を翳した。
「あんたごとニャルラトテップを成仏させる。いいわね?」
「ああ、やってくれ」
『ふざけるなレイル!』
「お前は俺の言う事を聞かなかった。だから俺も、お前の言う事なんざ聞かねえ」
『くっ・・・!』
レイルはヴァルドの方を見た。
「ヴァルド・・・俺は逝っちまうが、お前はこれからどうする?」
「俺は・・・貴方の言う通りにヒューマの元に着いて行きます」
「そうか・・・。俺の倅をよろしくな、ヒューマ」
「確かに引き受けた」
「・・・ヴァルド」
「何でしょうボス?」
レイルは突然神妙な面立ちをした。
「最後に呼んでくれないか?あれ・・・」
「ん?ああ・・・」
ーーじゃあな親父。今までありがとう。
ヴァルドが放ったその一言は愛情が込められつつも、何処か哀愁が漂っていた。
そしてレイルは全ての迷いを断ち切ったように明るい顔になった。
「よし!もう心残りはねえ、やってくれ巫女さん」
『おいやめろレイル!頼むからやめてくれ!』
「さようならレイル。あんたの事は忘れないわ」
霊夢は札をレイルの額に貼り付けた。