東方修行僧 58
「す、凄いな・・・」
シュウ・・・と煙を上げる拳。その黒く変色した拳には傷一つ無かった。
一方レイルはというと、手が変な方向に曲がって地面に埋もれていた。
「確かにこれは硬いわ。前のと全然違うわ」
「口と脳は密接な関係で結ばれていて、例えば咀嚼が認知症の予防になったり、朝目を覚ますには水を口に含むのが効果的だったり・・・。つまるところ君はカルビンを口の中にいれ、その炭素構造の情報を口から脳に送り、その情報を元に能力を行使した結果がこれって訳だ」
霖之助は自慢げに語った。
「随分大胆な理屈だな」
「人間の成長は理屈じゃない、だろ?」
足元でレイルが動き始めた。まだダメージが残っているのか、重いものを動かすように体を持ち上げている。
「もうここは危険だから僕達は帰るよ」
「嫌な言い方だな・・・。ついでに霊夢ちゃん達をよろしく」
「あまり運動しないんだが・・・」
「かりにも半分妖怪だろ?それに、隣にお転婆なお嬢ちゃんがいるじゃないか」
「私の事か?」
「君の事だ」
「やれやれだ」
そういいつつも、魔理沙は霊夢とアリスを箒に乗せ、宙に浮いた。
霖之助も、早苗をおぶった。
「じゃあ、後は頑張って」
「ああ、道中気を付けて」
その姿が完全に見えなくなったその瞬間、ヒューマノイドの足元の土が動いた。
「っはあっ!!」
レイルが地中から出てきた。
「やあ、やっと出てきたか」
「お陰様でな。どうやらまた新しい能力を手に入れたようだが・・・」
「全く、今日は大収穫だ」
ヒューマノイドは、ハハッと笑ってみせた。
「随分調子良さそうじゃないか」
辺りに風が吹き荒れる。
その風が地面の砂を巻き上げ、辺りに砂埃立ち込める。
「さあ、死ぬ覚悟は出来ているか?」
「さっき言ってる事が小物になってるよ?」
近くにある木から、一枚、葉っぱが舞い降りる。
そよ風に揉まれ、ひらひらと落ちるその葉っぱは二人の間に入る。
「これで、最後だ」
「こっちもそのつもりだ」
葉っぱが二人の視線に入ってきた瞬間。
二人の拳が交差した。
パァン!
「ぐあッ!!?」
先に命中したのはヒューマノイドの拳だった。
「らあっ!」
間髪入れず、二発目を浴びせるヒューマノイド。
しかし、その拳は弾かれた。
「何度も態勢を崩すと思うなよ!」
拳を受け流され、ヒューマノイドの腹部ががら空きとなる。レイルはその隙を見逃さなかった。
隙だらけの腹部に、レイルの拳が叩き込まれ・・・。
だが、その拳は空を切った。
「何!?」
ヒューマノイドは脇腹を硬化させていた。勿論、ロンズデーライトではなくカルビンで。しかし、それだけではない。
ヒューマノイドは自ら、カルビンに変換した腹の一部を切り離していたのだ。
「何も受け止めるだけじゃ私の能力じゃない!」
如何に最強の硬さを誇るカルビンといえど、神霊レベルのパワーを持つレイルの一撃を受けたら耐えられないだろう。だから、ヒューマノイドはレイルの拳を受けぬように体の部位を、まるでイモリのように分離させたのだ。
「一撃で負けるなら、手数で勝つ!」
逆に隙だらけとなったレイルにボディーブローを浴びせる。
だが、レイルもヤワじゃない。すぐにヒューマノイドを見ると、腹に伸ばされた腕を掴んで投げ飛ばした。
「ッ!」
地面に叩きつけられるヒューマノイド。直ぐにレイルは両拳を噛み合わせて振り下ろした。
「木っ端微塵になれ!!」
「しまったっ!!」
レイルを中心に半径十メートル程に地面が抉れる。文字通り、周辺の木々は木っ端微塵となった。
だが、
「なーんちゃって」
ヒューマノイドはレイルの背後に回っていた。
「‘‘隙あり’’だよ?」
「くそっ!」
レイルの後頭部に肘打ちが放たれる。
「ちょこまかと・・・ッ!」
瞬間、レイルが発光した。
「だが、三百六十度全方位に技を出してしまえばそうということはない!」
その言葉通り、レイルを中心に眩い光を伴った爆発が起きる。
「くっ!」
ほぼ零距離から発動されたそれは、ヒューマノイドの全身を包み吹き飛ばした。
空中で何度か回転した後、ヒューマノイドは地面に着地した。
そこで、気が付いた。風の向きがおかしい事に。
ヒューマノイドはレイルを見た。風は、四方八方から集まってレイルの位置で収束している。
何かが起こる。ヒューマノイドの長年の経験が、そう直感していた。
「sgくyあsbvjhすjdfjん、n」
レイルは何かを喋っているように見えたが、聞こえてくるのはノイズだけ。
次第に風が止んだ。
「君は・・・一体何を」
「奥義、‘‘始点と終点’’」
天地がひっくり返った。
比喩ではない。文字通り空と大地が逆さまになったのだ。
「ッ!!?」
流石のヒューマノイドも、これには戦慄した。これが、起源神の力。
「大丈夫だ。ここは幻想郷とは別の、たった今俺が創り出した世界だ。そして、」
突如、それら全てが歪に湾曲して渦巻いた。
世界が、崩壊していった。
「世界の瓦解と共に消え去れ」
「なっ!待て・・・」
レイルは徐々に透けていき、『世界』から消えていった。
「自分で創っといて壊すのかよ・・・。しかも無責任に置いてけぼりとは」
そうこうする間に、辺りは真っ暗な闇、いや、‘‘無’’に包まれた。
「さて、どうしますかねぇ・・・?」
思考しようとした瞬間、世界が音をたてて崩れ始めた。