レギオンズ支部の仕事初め その8
「ぬぐおぉぉっっ!?」
ゲシュビルは宙を一転、二転としまともに受身もとれないまま地面に衝突する。
「アラン!」
その無防備な状態を見逃すわけにはいかない。俺の指示ですかさずアランの名を呼んだ。
「分かってる!」
アランは両の掌を地面にあてる。
ーー『鋼鉄槍(アイゼンランス)』。
地面から鋼鉄の柱が生え出てくる。どれも先端が鋭利になっていて、如何に悪魔であってもその体を貫くのは容易だろう。
如何に悪魔であっても、だ。
「っ!?」
その槍は、完全にゲシュビルを捉えていた。
瞬く間に対象との距離をつめた鉄の槍は、対象の体を貫きーー。
「なーんてな」
否、貫かなかった。
直前、ゲシュビルの体は不自然に横に流れた。
「えっ・・・?」
標的を失った鋼鉄槍はその進行を止めた。
「何でーー」
と、アランは圧倒され、放心した。放心してしまったのだ。
その間に出来た僅かな隙でゲシュビルは、アランの作った槍を掴んで体勢を整えた。
「マズい・・・っ!」
直感した。こいつは何かしてくる。
俺達とゲシュビルとの距離はかなりある。だから何をしようとも対応出来る。
が、そんな油断を衝いてくる。そう思った。
しかしーー。
俺も同様に、中・遠距離の攻撃は持ち合わせていなかった。
「くふふっ」
ゲシュビルの口が裂ける程に横に広がる。いや、あれは実際に裂けているのではないのだろうか。
例えるなら、そう。悪魔のような笑みだ。
「っ!」
突然突風が吹いた。台風の風量の比ではない、突風だ。
生身の人間がそれに耐えられる筈は無く、俺の体は風に流される。
「グロウ!」
という寸前で、アランに手を掴まれた。
アランはこの突風にも微動だにしていない。鋼鉄の鎧がアランの体を覆い、その質量で吹き飛ばされないようにしているのだ。
が、そのせいで片手が塞がってしまった。
「うけけけっ!」
次の瞬間、狂気の笑みを浮かべたゲシュビルが、アランに肉薄する。
ゲシュビルはすかさずアランの顔を覆う鉄を砕いた。
「っ!」
アランの戦慄し、恐怖している顔が露になる。
「まずは一人ぃ・・・」
ゲシュビルは徐にサバイバルナイフを取り出した。
何処からか拾ったのか、それとも事前に用意していたのか、どちらにせよ、一つだけ明確な事がある。
あのままだとアランが、死ぬ。
「アランッッ!!!」
助けなければ。
あの鋭利なものが一つの命を奪う、その前に。
アランを奪う、その前に。
「うがあぁぁぁぁぁぁああ!!」
獣のような雄叫びが自分のものだとは、気付かない。
ただ、力を振り絞って。アランの腕を手繰り寄せて。
俺の体が完全にアランの前に出た瞬間、俺の胸が真っ赤で染まった。
「グロウっ!」
アランの悲しみと、驚愕が混じった顔が目に入る。
ーーああ、そうか。
俺にとってこいつは、
いつのまにやら、
命を張ってでも守りたい女になってたのか。
薄れゆく意識の中、思った事はそんな事だった。
「っ!!?」
痛み。それを感じた時は既に僕は吹き飛び、壁に打ち付けられていた。
「っああ!!」
更なる痛みが襲う。
爆発をくらった・・・・・・肩口の方を見てみると、肉は抉られ血が流れ、その周辺は火傷で皮膚が爛れ・・・。
「うぐっ!」
途端に吐き気がこみ上げてくる。
全く、いくらでも見た光景なのに全く慣れないなこれは。
それでも戦わなくては。吐き気に支配されてる場合じゃない。
痛みに耐えながら、体を起こす。
「やってくれたね・・・。僕は人体の切断面とかそういうグロいの苦手なんだよ・・・」
「酸を操るような奴が、何を言う」
そう言われると、そうだな、うん。
僕自身もそんな事をしてきたじゃないか。人が酸で溶けていく、そんな光景も見た。意外と平気だった。
よし。
「気が楽になった」
「それもそれでどうかと思うが・・・。残酷な性格をしてるんだな」
「よく言われるさ」
「んで、談笑してる暇があるのか?」
横にローリング。
さっきいた場所に小規模の爆発が起き、壁が深く抉れた。
「忠告どうも。君も佇んでいる場合じゃないよ」
ミジェラグルを標的として酸を発射する。
「やめとけ」
だが、発射された酸はミジェラグルが起こした爆発によって飛散してしまった。
と同時に、ミジェラグルが大地を蹴って僕に接近する。
「っ!」
咄嗟に体を酸でコーティングする。
殴りかかるミジェラグルだが、この酸に触れた瞬間にその拳は溶け、腕、そして全身と侵され・・・。
失策としか言いようが無かった。
「やめとけと言った筈だぞ?」
ミジェラグルの拳が酸に触れる瞬間、小さな爆発が起きる。
「っ!しまっ・・・」
爆発が起きた所が酸が飛散して、無防備になる。
「もらった」
その無防備となった脇腹に拳が叩き込まれる。
「うぐっ!?」
重い。
重い一撃。
流石悪魔と言うべきか、一発だけであばら骨が折れ、腸が損傷して・・・。
「げほっ、げほっ・・・うぷっ!!」
血反吐を吐いた。
近くにいるのが好機と酸を飛ばすが、ミジェラグルは身を翻してかわし、距離をとった。
「これが俺の能力だ。任意の場所に小規模の爆発を起こすことが出来る」
膝をつき咳き込む僕と、腰に手をあてふんぞり返るミジェラグル。
言いえぬ敗北感を味わう。
「結局人間が悪魔に敵う訳無かろう」
悔しい。
「さて、どんな死に方が良いか?断頭か、切腹か、心臓を貫かれるか」
このままでは終われない。
「そのどれも・・・御免、だね・・・」
ガタガタに震える膝を押さえつけ、何とか立ち上がる。
痛い。辛い。苦しい。
ここで諦め、殺される方が楽だ。
だけど、それでもだ。
生きて帰る喜びに比べたら、ゴミ屑レベルの楽でしかない。
「・・・ふん」
ミジェラグルが嘲笑している。力を振り絞り立ち上がる僕の様子を見て、さぞかし面白がっているのだろう。
関係ない。ダサくても、かっこ悪くても、
僕は美しい敗北より泥臭い勝利を選択する。
「やってやろうじゃないか!仲間の為、自分の為」
僕は、戦う。