北方貴族鎮圧補助、補給路寸断作戦 その2
突如として鳴り響いた銃声。
それは作戦行動中の団員達の耳を劈き、焦燥感を与えるのには十分だった。
しかし、想定内の出来事でもあった。勿論いつでも敵の襲撃を予測しておくということは軍人として当たり前の事で、フリート達もそれは怠ってはいなかった。
それなのに彼らは、先程書いたように「焦燥感を与え」られた。
「フリート!無線の調子は!?」
「ダメです、こっちが何を言っても通じてません!」
「何だってんのよ、もう!」
不思議なことに、団員達全ての無線が機能しなくなったのだ。いや、無線自体は機能している。しかし、お互いの言語があやふやなのだ。
(言語をめちゃくちゃに・・・私が知っている中で思い当たるのは・・・)
フリートは思案をめぐらす。相手が北方の貴族の軍隊ともなれば、その関係者も北方の者である可能性が高い。
もしかしたら自分が知っている人物がいるかもしれない。
(まあ、彼でしょうね・・・)
そしてどうやら、該当する人物がいたようだ。
「グロウさん、今私の声は理解できますか?」
傍から聞いていれば、何を言ってるんだコイツ、となるかもしれない。しかしグロウがフリートに向けた疑念は、そういった意味ではなかった。
「何言ってるんだ?フリート」
それは先程グロウが話していた言語とは異なるものだった。
(やはり・・・)
フリートはそれなりに長く生きている。なので彼は、グロウが発している言語も理解出来た。それだけでなく、実はヴァルドの無線の内容も理解出来ていた。
理解は出来ていたが、それを翻訳して喋ろうにもその言語まで変えられてしまっていた。
とにかくだ。現状コホルスΣの連携は皆無である。
(全ては私のバックアップ次第・・・これは初仕事で重大な責務ですね)
フリートが苦笑したその時だった。
「ッ!!」
殆ど脊髄反射と言ってもいいだろう。何かを感じ取ったグロウは、ほんの数センチ体をずらした。
直後だった。パアン!という銃声と共に弾丸の軌道が現れる。
その軌道は、グロウの右肩を貫いてた。
「うぐっ!!」
「グロウ!」
グロウは肩を押さえてうずくまった。アランが肩口を見ると、銃弾で出来た風穴から血がダラダラと流れている。
「すぐ応急手当を・・・」
「自分で出来る!それより敵の攻撃に備えろ!」
グロウはそう指示を出すが、その言葉はグロウが意図しない言語となってアランには伝わらない。そうこうしている内に、ギリースーツに身を包んだスカウト兵達がアランの背後へと接近する。
「アラン!」
グロウはハンドサインで敵が背後に接近していることを知らせる。が、遅い。
スカウト兵の持っている銃のストックが、アランの後頭部に迫る。
「ふんっ!」
だが、アランに当たる前にスカウト兵はフリートによっていなされる。同時に周りの兵士も、フリートのスピードとパワーの前に一瞬にして地に伏せられた。
「アランさん!グロウさん!大丈夫ですか!」
勿論二人にその言葉は伝わっていない。しかしフリートの手振りからおおよそ把握したのか、二人は親指を立てた。
(くそっ、言葉が伝わらないとなると非常にやりにくいですね・・・)
尚もスカウト兵は草むらの陰から現れ、ジリジリと距離を詰め寄ってくる。見ると兵士達は人間だけでなく、幾つかの妖の類もいるようで、如何にフリートと言えど下手に動くと数で押し切られかねない。
(どうしましょうか・・・)
フリートが構え直したその時だった。
「ぐっ!」
「ぐああ!」
右端にいた兵士が二人、気絶した。
「フリート、待たせた!」
「加勢に来たよ〜」
ヴァルドとアシッド。二人が反対側の崖からここまでやってきたのだ。
「助かります!」
これを好機と見たフリートは、攻勢に出る。まず目の前の兵士に接近し、殴打一つで戦闘不能にする。すぐさま五人程の兵士がフリートに群がるが、アシッド、ヴァルドが二人倒し、残りをフリートが片付ける。言葉が通じてないとは思えない、鮮やかな連携だった。
言葉の代わりに、互いに笑みを浮かべる三人。
スカウト兵達は更に追撃の手を増やそうとする。が、
「『鉄壁(アイゼンウォール)!』」
アランが地面に手をつくと、アランの周囲に厚さ五十センチ程の円柱状の鉄の壁が現れた。鉄壁は高くそびえ立ち、スカウト兵の侵入を阻んだ。
「これで少しは時間が稼げる筈」
「そうだな。俺は応急処置を終わらせておく」
「了解」
グロウはバックパックから医療キッドを取り出し、治療を始めた。その内にアランは、砂鉄を使用し敵兵の位置を掴む。
「私から見て十時の方向に五人、二時の方向に四人ね」
「了解。俺とアシッドが二時、お前らは十時の敵を頼む」
お互いにコンタクトを取ると、ヴァルド達は迅速に動き位置についた。
とここで、グロウが異変に気付く。
「・・・なあ、何で今俺達、普通に喋れてんだ?」
そう言われて初めて、団員達はその事に気が付いた。
「ホントね。気が付かなかったわ」
「さっきまでお互い全く何を言ってるか分からなかったのにな」
互いに顔を見合わせる中、フリートだけは壁を見続けていた。
「どうやら敵に私の知り合いがいるようです」
その姿を見て団員達は慌てて壁の外の敵に注意を向ける。
「知り合いって誰の事だい?」
アシッドの問いに、フリートはゆっくり口を開いた。
「・・・アルメリオ・マストラト。北方でそれなりに有名な科学者です。私と同じく悪魔ですが力の弱い悪魔で人間と変わらないかそれ以下レベル程度。ですが彼の能力は厄介でね・・・」
フリートはその男を思い出すと共に、急に嫌そうな顔をした。
「『言語を変える能力』と言い表せば良いでしょうか。とにかく彼は自分の耳に入った声の言語をてんでんばらばらにしてしまうのです」
「自分の耳に入った声?じゃあなんで俺達は言語を変えられたんだ?」
「さしずめ、そこら中に集音マイクを設置しているのでしょう。彼はそういう陰気な方です。だから私達の潜入にいち早く気付けたし、アランさんの鉄壁によって声が隔離された今、私達は普通に会話出来ているのでしょう」
とはいえ、とフリートは念を押す。
「ここを出たらそこから先は彼の包囲網。どうやら思っていた以上にこの任務は厳しいものとなりそうですね」
そう言ってフリートは、引きつった笑顔を見せた。引きつった笑顔は見せたけども、その目はまだ壁の向こうを見ていた。
「さて、じゃあ頼むよアラン」
ヴァルドもそれに倣い腰を低くした。アシッド、アラン、応急処置も終えたグロウも。
「了解、合図で壁を崩すわよ。三・・・」
全員が近接戦闘の準備を構え、固唾を飲む。
「二・・・」
一秒が二秒にも、三秒にも感じるその一瞬は、ヴァルド達の集中力を二倍にも、三倍にも増大させていった。
「一・・・」
全員が後ろ足に体重を乗せ、最高の臨戦態勢を整えた。
そして全員が、アランの「ゼロ」の声を待っていた。
しかし、その時だった。
「ッ!?背後から敵が接近ーー」
言い終わらない程の一瞬の内だった。厚さ五十センチの鋼鉄の壁を、二メートルを越える巨漢がぶち破ってきたのは。