長い戦の果てに
その建物は『三色の樹』の真下、帝都第四区の端の方に位置する。
第四区といえば高級住宅街が軒並み並んでいる、帝都の中で庶民が暮らせる最上級の地域だ。そんなビップエリアに介渡達は、帝国から手配された役人に導かれながら足を運んでいた。
何せ、かなり待ち焦がれたのだ。その姿を見る間もなく暴徒の鎮圧を任されて、早速異形の者の力を思い知った一行は、一刻も早く腰を落ち着かせる場所が欲しかった。
「着きました」
役人が足を止めると同じく、一行も足を止めた。
「ここが・・・」
介渡は撫でるようにその建物を見た。高級住宅を模した外観をしている。少し叩いてみたが、ビクともしない。これならテロ対策も大丈夫そうだと介渡は確信した。
「収容人数は二、三十程度と言ってたな。うん、素晴らしい出来だ」
流石アルカディアのやる事に手抜かりはないなと、介渡は密かに彼女の仕事への徹底さに尊敬の念を抱いた。
「やっとか・・・長かったぜ」
グロウは過労とも安堵ともとれる溜息をついた。そんな姿に、お嫁さんは少し眉を顰めた。
「ちょっと、大変なのはこれからなのよ?もっとシャキっとしなさいシャキっと!」
「あ、ああ・・・すまん」
「はっはは!完全にアランちゃんの尻に敷かれてるねえ!」
「うっせえアシッド!」
「みんな、喧嘩は駄目だよ!」
部下達が和気藹々としている姿を見て介渡は少し安心した。この建物が、このコホルスΣが、皆にとって安心出来る場所、「家」として十分に機能している事を確認できた。
「それでは私はこれで失礼します」
介渡の隣にいた役人が一歩下がって深々とお辞儀をした。
「はい。ありがとうございました」
介渡もお辞儀を返す。役人はそのまま第三区へと続くエレベーターへと消えていった。
介渡が改めて周囲を見ると、その目に浮かない顔をしている二人の姿が写った。
ヴァルドと、フリートだ。
(ヴァルドはまだ初仕事の事を引きずっているのか・・・。フリートはまだ馴染めてないのかな?)
見るとヴァルドは、足元の一点だけを見つめては、時々眉間に皺を寄せている。あれは悔しがっているに違いないと介渡が察するには十分過ぎる佇まいだった。
対してフリートは、チラチラとグロウ達を見ている。あれはそう、様子を伺っている仕草に他ならない。
(フリートもフリートで引きずってるようだな・・・)
救いの手を差し伸べてやろうと介渡が一歩踏み出した時。
「・・・」
グロウ達が談笑する中、唯一マクロだけが、フリートの事をずっと見ている事に介渡は気が付いた。
キョロキョロしてるフリートは、マクロと目が合ってしまう。
「・・・っ」
「?」
フリートが途端に目を逸らしたのをマクロは一瞬疑問に思ったが、すぐに理解したような顔をすると、一目散に駆け寄った。
「ほら、君も来ようよ」
「いや、でも・・・」
フリートは好意を向けられてる事が嬉しかったが、それ故に、先の件で痛めつけてしまった事を申し訳なく思い、気後れしているようだった。
そしてそれを、マクロは察していた。
「大丈夫。君はもう同じ目的を持った仲間だから。僕達を信じて」
「っ・・・」
介渡の目には、そのマクロの姿がいつもの能天気な姿とは打って変わって、とても頼もしいものに見えた。
(心遣いの出来る、優しい子だな・・・)
「みんな~!フリートも混ぜてあげてよぉ~!」
マクロは無理やりフリートの手を引っ張り、グロウ達の下へと連れて行った。
「あら、何よ。今更来たの?」
「おせーんだよ。さ、中に入ろうぜ!」
「君はもう僕らの仲間なんだからねえ!」
三人の反応はフリートの想像とは大きく違っていた。皆それぞれ、とっくにフリートの事を受け入れていた。
「・・・ね?大丈夫でしょ?」
マクロはそのあどけない笑顔を、フリートに向けた。あどけなくも、確かな信頼性のある笑みだった。
「・・・はい、よろしくお願いします!」
フリートはマクロ達に連れられて一足先に建物内部へと入っていった。
(何も考えていないように見えて、ちゃんと周りを見ている。成る程な。レイルがあいつを部隊長にする訳だ)
「流石マクロだな」
介渡はその声がとても近くから聞こえたので、いつの間にかヴァルドがすぐ後ろにいた事を知った。
「昔からああなのかい?」
「ああ。アイツは友達を大事にするヤツでな」
「ふーん・・・」
介渡はマクロの後ろ姿をじっと見つめた。
「あんなに温厚なアイツがフリート戦の時本気になったのは、アイツの友達、つまり俺らがボコボコにされてたからだ。それ程アイツにとって友達はかけがえのないものなんだ」
「それなのにフリートの事は許すんだね」
「フリートはまあ悪い奴じゃ無かったからな」
悪い奴じゃない。マクロにとってその基準が一体どの程度までなのかは分からないが、介渡はそのボーダーラインは決して高くないんじゃないかと思った。
「実はコホルスΣはあまりご近所によく思われてなくてね」
介渡は不意にそんな話を切り出した。
「まあそりゃそうだろうな。突然近所にこんなおっかないのを建てたら訝しげに思うのは当然だ」
「アルカディアからは近所付き合いを仲良くしろと言われてるんだ。ただし治安維持活動はNGらしい。ギルドがやる仕事と、治安部隊や憲兵の仕事は区別しろと」
「じゃあ俺達は何をしたら良い?」
「要はコホルスは傭兵か用心棒といった所か。私達は治安部隊や憲兵では手に余る仕事、前やった暴徒の鎮圧だったり戦争への加担・・・・・・殆どは帝国から命じられるものになるかもね」
「そいつは結構庶民離れしてるな。本当に人気が集まるのか?」
「私もそう思ったけど・・・マクロを見てると何故かいける気がする」
「ああ。アイツは優しいし気が利くし、面白いしな」
「しかも中々イケメンじゃん?マスコット的なものになれると思うんだ」
「そうだな」
とうとうグロウ達の姿は見えなくなった。周囲が途端に閑散とする。
「私達も入ろう。支部の施設などを説明しなければならない」
「そうだな。行こう」
「それとヴァルド。一通り説明が終わったら支部長室に来い」
「え?」
そう言い介渡が颯爽と支部の入り口へ消えていくのを、ヴァルドはその場で黙って見ていた。