レギオンズ支部の仕事初め その13
「・・・っ!!」
鬼気迫る表情。
まさにそんな感じだった。
「貴方は本当に面白い。倒れても倒れても立ち上がり、何かの為に命を賭し。本当に面白い人間だ」
「言ってろくそったれ!」
跳躍したヴァルドは一瞬でフリートに肉薄していた。
速い。自分ではおよそ出せないようなスピードをあの重傷なのにも関わらず捻り出せるのにはあいつの能力が関係する。
『全てを器用に扱う』。それがあいつの能力だ。その名の通り何でも器用に扱えるあいつは、銃火器で言えば誰よりも速い取り回しで、戦闘機で言えば誰よりも巧みな操縦技術で、他にも魔術や剣術も少し齧った程度で完璧にこなせるようになる。要約すれば、一を知ったら十どころか百も千も、万も知ることが出来る。
何でも器用に扱えるあいつは、自分の肉体ですら器用に扱う。それは即ち、本来出せないような人間の全力を引き出すことが出来るのだ。自然治癒能力を最大限に引き出して傷の回復を早めたり、人間が無意識下でセーブしてる運動能力を引き出して人間では考えられないパワー、スピードを出したり。
つまるところ、あいつは対人戦では無敵を誇った。
そう、対人戦では。
「遅いですよ?」
フリートはそんな人間の全力の跳躍を簡単に見切り、次の瞬間にはヴァルドを足蹴にしていた。
「うくっ!!?」
ヴァルドは吹き飛ばされ、壁に体を打ち付ける。
「ヴァルドッ!!!」
実際の所、フリートは悪魔として無意識下に存在する力を奮えていないのかもしれない。
かもしれないのだが、それでも今発揮している力だけで人間の全力を悠に勝っていた。
しかし、それでも。
「やらなきゃ、いけねえんだよっ!」
ヴァルドの勇姿を見て自分の中で踏ん切りがついたように、いつの間にか俺の肉体は地面擦れ擦れを這っていた。
だがその速さはフリートにとっては人間に羽毛がついた程度のものだったのであろう。そんなことは自分でも承知だ。
だけど、俺は足を止めなかった。
「・・・ふっ」
嘲笑。それが聞こえた時には既に体は地面に叩きつけられていた。背骨や肋骨の幾つかが折れた感覚がする。
「ぐふっ!!」
堪らず血反吐を吐いた。
「ふふふ。無様なものですね。貴方達人間はいつも何かを守ろうとします。それは多少の困難であれば守り通せるのでしょうが、このように本当に大きな困難に直面した時に出来る事と言ったら、無力さを嘆く事だけです。大切なものを失った絶望に打ちひしがれながら死んでいくのみです。さて、貴方の大切なものは何ですか?」
「ぺらぺらと煩いんだよこのエセ紳士めが・・・ッ!!!」
その声が聞こえると同時に、俺の視界の端で何かが蠢いた。
顔をそっちに向けてやると、小刻みに震えながら立ち上がるアランの姿があった。
「あんたは介渡よりタチが悪いエセ紳士だわ。他人の不幸はさぞ甘いものなんだろうねえ・・・・・・っっ!!」
「不幸?まさかそんな。私はそうやって必死になって立ち上がる貴方達が面白くて堪らないだけですよ」
「それが弁明のつもりだったら、とんだ見当違いだねぇ・・・」
今度はアランの隣、アシッドも立ち上がった。
「何を言いますか。私は私の中の探究心に沿って活動してるのみ。それを阻害する権利は貴方がたには無い筈です」
「・・・まともな思考をしてないわね」
「もう言論は通じないようだ」
アランは鋼鉄の槍を、アシッドは酸を飛ばしてフリートに攻撃する。だが二人は、明らかに無理をしている。顔には苦悶の表情を浮かべ、足は震え、立っているのがやっと。そう見受けられる。
俺も・・・寝てる場合じゃない。
「ぐああぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
力を振り絞り、フリートの足を強く掴んだ。先程のフリートの蹴りと、胸をきりきりと締め付ける痛みをエネルギーに代えて。
「ふん。いいでしょう。貴方達が立ち上がる限り何度でもお相手いたしましょう!」
フリートに高らかに、そう言った。
アランの槍は拳で砕かれ、アシッドの鉄は息を吹いただけで霧散していった。
「くそ・・・っ!」
目の前に転がる人体。噎せ返る程の血の匂い。そして苦しむ友の顔。
「ちくしょう・・・ちくしょう!!!」
俺はこいつらの上司だ。上司は部下を守る責任がある。如何なる時も部下を死なせてはならぬ義務がある。
それなのに、それなのに・・・・・・。
「すまない・・・グロウ、アラン、アシッド・・・・・・」
不甲斐ない。情けない。
「・・・っ」
「くそ・・・てめ・・・」
グロウが何とか立ち上がろうとするも、フリートに頭を踏まれまた地に伏す。
アランとアシッドもまだ息があるようだが、これはフリートがまだ余裕を見せているから生かしてもらってるだけだ。今この場にいる人間は、何時でもフリートに殺される状態にある。
「さて・・・まだ立ち上がりますか?それとも諦めますか?」
立ち上がりたい。諦めたくない。命の火種が燃え尽きるその一瞬まで、抵抗したい。
しかしその考えと相反して、俺の体は一ミリも動くことは無かった。
「ふむ・・・もう限界ですか。残念です」
フリートに外傷は見られない。どころか、息を乱してすらいない。
完全敗北だ。俺達の負けだ。俺達の攻撃は奴に届くことは無かった。俺達の防御はいとも簡単に突破された。
これが、人間と悪魔、ひいては人間より上位に位置する種族との差。埋められない、圧倒的な実力差。
ああ、何てことだ。アシッドも、グロウも、アランも、それぞれ勤めを果たしてくれた。フリートの分体を倒してくれた。だというのに、なんだ俺は。俺はフリートを止める事は出来なかった。そのせいで今、折角頑張ってくれた三人は生命の存在を危ぶまれている。俺の責任だ。全部俺の責任だ。
「ちくしょうーー」
もし俺が出せる全力が、器用に扱えるこの体が、人間ではなくもっと強力なものだったら。例えば悪魔とか吸血鬼とか、神とか。
そんな下らない考えも、もう手遅れなのだ。
「立ち上がらないのであれば、もう貴方達に興味はありません。死んでもらいましょう」
フリートの最初の目標は、アランだった。グロウが必死に何かを叫んでいるが、フリートはそれを聞く筈も無い。
「では」
フリートは刀を顕現させ、アランの心臓目掛けて、垂直に刺しーー。
そこからの展開を、俺は、見届ける事が出来なかった。
そんな勇気は無かった。
ただただ目を瞑り、ひいては現実から目を瞑った。
グロウの絶望に満ちた声が響き渡る。
レイルーー。
俺は・・・どうすれば良かったのだろうーー。
どうすれば俺は皆を助けられたのだろうーー。
介渡ーー。
期待に応えられなくて申し訳なかったーー。
・・・。