レギオンズ支部の仕事初め その12
「お~い!」
唐突に声のした方向を振り向くと、そこにはアシッドがいた。
いや、アシッドともう一人いた。
「ミジェラグル!お前もやられちまったってのか!?」
そう呼ばれた縄で縛られた男、ミジェラグルは項垂れながらも頷いた。
「能力の特性を看破され、見事に負けてしまったよ。全く、人間にもこんな者達がいるとは。侮れないな・・・」
ミジェラグルは溜息をついた。
それにしても、
「アシッドの事だから跡形もなく溶かしちゃうかと思ってたわ」
アシッドは私達と違い悪魔と一対一で戦っていたから、私達より苦戦を強いられていたに違いない。現に、アシッドは今迄で一番疲れた顔をしている。
「ん?ああ、そうしてもよかったんだけどね。こいつの戦闘力は確実に使えるなと思っただけだよ」
「そうか・・・。ミジェラグル、だっけ?お前はそれでいいのか?」
そう言うと、ミジェラグルは溜息をついた。
「ふん・・・せいぜい胡坐をかいておけ。俺たちを生かしたその甘さが身を滅ぼすとも知らずにな」
「まだ言ってる訳?いい加減諦めたらどうなのかしら?」
強気なアランに、ゲシュビルが口を挟んだ。
「ミジェラグルの言う通りだぜ。俺達はまだお前らに対して本気を見せちゃいねえ。いや、語弊があったな。あいつはまだ本気になっちゃいねえ」
「・・・どういう事だ?」
「そのままの意味さ。あいつをマジにさせちゃ、お前らの命は無いぜ・・・」
・・・。
「なあ、アシッド」
アシッドに反応を促すと、彼もまた、同じことを思ったようだ。
「うんグロウ。何か嫌な予感がする」
そう、嫌な予感がするのだ。どこが発生源かも分からない、正体不明の不安感が体を支配しているのだ。
戦士の勘という奴か、こういう時は大抵良からぬ事が起きる。
もしかしたらこの目の前の悪魔が自らを拘束している縄を引き千切って襲ってくるとか?
否、そしたら誰より早くアシッドが悪魔を骨すら残さないだろう。
そしたら、こいつらにはまだまだ秘められた能力があるとか?
否、中々おつな展開だが、こうなる前に使うべきだろう。
というより、この状況で何をしようが俺達は対応出来る。レイル仕込みの技術とこの世に生を受けて以来ずっと蓄えてきた経験は、勿論介渡に遠く及ばないものではあるが、それでも今目の前の敵の挙動を素早く察知するぐらいには鍛えられている。
なのに、この不安感は・・・。
「グロウ、大丈夫?」
アランが俺を覗き込むように見る。
「俺は大丈夫だ。ただ・・・」
こいつらがいってた、あいつ。
あいつが誰なのか。それは考えるまでもなくもう一人の悪魔の事だろう。
そしてそれと対峙してるのは・・・。
「ヴァルドが危ない・・・っ!」
「そのヴァルドという人間はこちらで間違いないのでしょうか・・・?」
「っ!?」
心臓が凍りつく感覚。
「ああ、その反応は間違いないのでしょうね・・・それで、貴方達は何をしているのです・・・?」
その悪魔は俺達の後ろ、捕らえられたゲシュビルとミジェラグルの方を見ていた。
「いやー、盛大にやられちまってだな」
「やっぱり分体の分際では駄目だったみたいだね」
分体・・・?どういう事だ・・・?
いや、それよりも・・・!
「ヴァルド・・・っ!」
その男が脇に抱えている男は、間違いなくヴァルドだ。
大量出血していて、虫の息であるのがここからでもよく分かる。
「一体何をした・・・っ!」
「何をしたも何も、戦っただけですよ。口ほどにもありませんでしたが」
そう言って、男はヴァルドをゴミのように投げ捨てた。
「てめ・・・っ!」
「さてさて、お次は貴方がたですか。是非とも手応えぐらいは感じさせていただきたいものですね」
「いちいち敬語が癪に障る奴ね・・・」
「でも凄い威圧感だ・・・。この紳士的ながら相手を侮辱したような態度・・・」
「侮辱?それは失礼を働いた。そのようなつもりはなかったのですが・・・」
「皆、ここでイラつくんじゃない。あいつの思う壺だ・・・」
「しかしながらミジェラグルとゲシュビルを倒したとなれば、相当の手練なのでしょう。ですので私も本気で行かせてもらいます。来なさい、ゲシュビル、ミジェラグル」
「はいよ」
「勿論だ、マスター」
「何を・・・」
俺が後ろを振り向くと、ゲシュビルとミジェラグルの体はどろどろと溶け始めていた。
「何っ!?」
完全に溶け、液体となった彼らは俺達の横をすり抜けて男の下へ行き、そのまま同化した。
男の体に変化はない。が、威圧感が増した。
「ふふふ。貴方はグロウというのですね。そして隣のレディがアラン。そして後ろがアシッド。よろしくミスター・グロウ、ミス・アラン、ミスター・アシッド。私の名前はフリート・ケンペロス。以後、お見知りおきを」
こちらの情報が筒抜け・・・恐らくゲシュビルとミジェラグルの記憶を使えるのだろう。となると能力も知られていると考えたほうがいい。
さて、どうしようか・・・。
「どうしようか、ですか」
「っ!?」
考えを読まれたっ!?
「いえいえ、読んでいるわけではないです。私はこう見えてもかなりの年数を生きてきた悪魔でしてね。貴方の思考を読むことは経験として容易なので御座います」
「べらべらと喋るわね・・・」
アランが動いた。
「さて、貴女は少々忍耐弱いとお見受けします」
「ぐっ!!!?」
アランは動いた瞬間、動かなくなった。
冗談ではない。攻撃をしようと思ったら、攻撃を受けていた。
アランは腹を抑えてうずくまったまま、動かなくなった。
と、今度は視界の端でアシッドが動いた。
だがこれは攻撃ではない。明らかに倒れている。
速い!人間の目で認識できない!
と、ここで自分の状態を確認した。
「・・・は?」
俺もだ。俺も地面に寝そべっていた。
「・・・っがああああ!!!?」
痛みに気付いたのはそれからだった。
痛い痛い痛い痛い。
頭の中が真っ白になる。こんな痛みは初めてだ。
「ぐうっ!」
痛みを堪えて、能力を使う。俺の中の痛みは癒しとなって体を回復させる。
無傷に等しい状態で俺は立ち上がった。
「ほう、それがゲシュビルを下した貴方の能力ですか」
周りを見るとアランもアシッドもあまりの痛みに気絶した様子で、立っているのは俺だけだった。
そう、俺だけ。
「勝てねえ・・・」
一瞬で敵を再起不能にするこの強さ。しかも俺には分かる。こいつは本気を出していない。やろうと思えば殺せた筈だ。俺に関してだって、回復される前に止めを刺せた。
遊んでいる。こいつにとって俺達は虫かごの中の虫に過ぎない。
勝てる筈がない。
「おや、諦念が見られますね。駄目ですよ諦めては。まずやる気がなければ何かを成し遂げる事は出来ませんよ」
「ははっ、そんな問題じゃねえだろ。ったく馬鹿にするような言い方しやがって」
口では強く言えるものの、体は動かない。
「そうなのですか?おかしいですね。彼は違ったのに・・・」
「あ、彼?」
「そうそう、今物凄い速さで近付いてきてる彼ですよ」
そう言われ、俺は後ろを見た。
そこには血みどろになりながら跳躍するヴァルドの姿があった。