レギオンズ支部の仕事初め その10
「あっ・・・・・・」
少女の目の前で少年の肉体が力なく崩れ落ちる。
「いや・・・いやっ・・・!」
少女は何もすることが出来なかった。少なくとも、両目から水を滴らせる事しか出来なかった。
少年の体が、地べたにつく。砂埃が舞い、少女の潤んだ瞳に微量の砂が入り込む。
少女はもう、目の前の光景を見ることも出来なくなった。
嘘だ。
こんなの嘘だ。
こんなにあっけなく、グロウが。
「グロウ・・・・・・」
名前を呼ぶけど、返事は無い。
そっと抱き寄せてみるけど、反応は無い。
まだ体は温かいが、息は既に、無い。
死んだ。
自分の知識を使えば、理解は出来る。
理解は出来ても、受け入れたくない。
「はっはっは!仲間を庇うとは流石人間だな!」
その声が聞こえた瞬間だった。
驚くほど自分の体が速く反応した。一秒もかからずゲシュビルの体に接近し、その首筋にナイフを・・・。
「おっと!」
しかし間一髪で避けられてしまう。私の体は勢い余って前に乗り出してしまった。
ゲシュビルの足が振り上げられる。
「っ!」
即座に鋼鉄の外皮を作り出す。ゲシュビルの足がそれに当たった瞬間外皮は砕け散ったが、私自身にダメージは無い。
私の能力は介渡のものとは違って体を直接変える事は出来ないし、体を再生する事なんて出来ない。だけどいくら私が作った金属が壊されようと私自身にダメージが降りかかる事はない。
蹴りを防がれた事で逆にゲシュビルが無防備になっている。
これは、チャンスだ。
「ああああああああっっ!!!」
殺す。
長い間戦いの場に身を置いてきたが、ここまで明確に相手を殺したいと思ったことは無い。
これが、殺意。
「殺してやる・・・っ!」
今は無防備。どこからでも殺せる。首、脳天、心臓・・・。
決めた。首を切る。
喉笛を掻っ切ってやる。
いや、そんなんじゃ気持ちが済まない。その首を落としてやる。
殺すことに抵抗なんて、もう無かった。
日本刀をイメージして生成した金属の刃は、水平方向に振るった。
悪魔の首は、意外と簡単に転がり落ちた。
「やったよグロウ・・・」
返り血から異様な臭いがする。
が、今そんなものは気にも留めなかった。
「グロウ・・・」
グロウを見下ろすが、グロウは死ぬ間際に見せた顔と何一つ変わらない顔をしていた。
最後に私に見せてくれた、笑顔。
「違う・・・・・・」
こんなんじゃない。
私はゲシュビルを殺した。それで満足できると思ったから。
でも、違う。
求めていたのは、これじゃない。
「虚しいよ・・・」
もう一度、話したい。
貴方のその笑顔だけじゃない。
怒った顔、悲しむ顔、喜ぶ顔。
もっと色んな表情が見たい。
笑顔だけじゃなく、全てを感じたい。
「ねえグロウ・・・グロウ・・・っ!」
「そんなに会いたいか?」
え?
「なら会わせてやるよ。俺に任せてみろ」
嘘。そんな筈無い。こいつが生きてるなんて。
だって、私がさっき殺した筈・・・。
「さあ・・・俺と契約しろ。我が主の望みを聞かせてみろ・・・・・・」
甘い声。
頭がボヤっとしてきて、考える事が覚束無くなって・・・。
「お前はどうしたいんだ・・・?」
そう、これは悪魔の囁きだ。
「グロウに・・・会いたい、です」
「そうか・・・なら彼と同じ世界に行くがよい」
「はい・・・」
もう、何でもよかった。
彼に、最愛のあの人に会えるのなら。
「私を、殺してください・・・・・・」
「・・・承った。ひひひっ」
私は目を瞑り、彼の姿を思い浮かばせた。
ーー今から、そっちに行くからね。
「んじゃ、さよなら」
最後に、彼の声が聞こえた気がした。
「ばかやろー」
殴打の音と共に我に返る。
ゲシュビルの悲鳴が聞こえたが、その声が段々遠のいていく。
代わりに聞こえてきたのは、悪魔よりも甘く妖艶な声。
「俺はあっちの世界にはいねーよ」
「グロウ・・・・・・!」
胸が高鳴った。