東方修行僧 81 その後3
おいおいどういう事だよ・・・っ!
岩陰に隠れてそっと覗き込む。その視線の先では介渡と、見ているだけで震えが起きてしまうような奴を捉えていた。
俺は気取られないように気配を殺し、二人を注視していた。
ーー何でアイツ、ニャルラトテップと一緒に・・・!
それは俺達が介渡の部屋を訪れてから数日後の事。
その日は霊夢や魔理沙、更に俺の可愛い部下達を連れて訪ねようという話になった。
アイツもそろそろ元気になっただろう。またセクハラ発言さてしまうのか。
そんな事を話しながら、妹紅の案内で、俺達は永遠亭へと足を踏み入れた。
月明かりが照らす病棟の一室。
そこに介渡の姿は無かった。
「ちょっと、どういう事よ!」
「わ、私にも分からないんです!」
鈴仙は両手と首を一所懸命に振って非が無い事を示す。その焦り切った顔と慌てた動作に鈴仙が無実である事を悟った霊夢は、顎に手を当て、ポピュラーな探偵みたいな仕草をとる。
「まあ、アイツは放浪癖の塊みたいなもんだから、回復するや否や、早速表を歩いてるんじゃないのか?」
俺は定期的にアイツの様子を見に来ていたが、奴の回復スピードは、実に快速だった。いや、特急だ。新幹線だ。そもそも俺達は介渡が回復してるだろうという事で来たんだ。ほっつき歩いてすれ違っても仕方が無い。
「ヴァルドの言う通りだぜ。そんなに私らが焦らなくてもあいつは涼しげな顔で帰ってくるに違いない」
魔理沙がそう言うと、「それもそうね」と霊夢がいつもの気だるそうな表情に戻った。
そしてその場は、痴話言が絶えなくなった。
「・・・」
俺は魔理沙の意見に賛同だったが、それでも気になり、一人外へと出ていった。
そして今に至る。
「やあ」
ニャルラトテップが先に口を開いた。飄々として、何処か相手を見下したような調子だ。
「その節はよくもやってくれたね。私じゃなきゃ今すぐ殺しにかかってるよ」
介渡は威圧的だ。いや、言葉だけで態度はそうでもなさそうだ。
それにしても今挨拶するとは、どうやら介渡は出立してそれ程時間は経っていなかったらしい。
「で、何の用だ?見舞い客がいるから、手短に済ませて欲しい」
介渡がこっちを一瞥した。気付かれている。
「そうか。この女だらけの幻想郷で見舞いたぁ、罪な男だなヒューマノイド」
対するニャルラトテップは「女」と括っている辺り、俺には気付いてなさそうだ。
「いや、介渡と呼ぶべきか」
ニャルラトテップは煽り気味にそう言う。介渡は、気にも留めてなさそうだ。
「どっちでもいいさ。どうせ向こうでもそう呼ばれるだろうし」
「既に擬似人間として情報がいってるのか?」
「さあ。でもあっちの神は社交的だからその名前も広まってるだろう」
八十島介渡。別称‘‘ヒューマノイド’’。かっこいいな。俺もそういうの欲しい。
「与太話はいいんだ。本題はなんだ?」
介渡は呆れ気味ではあったが、怒りは無さそうだった。本当に友人と接するような態度でニャルラトテップに臨んでいる。
あれ程の仕打ちを受けたのに、何故?
ニャルラトテップは薄ら笑いをしたまま、ゆっくり口を開けた。
「いやね、君には感謝しているよ」
感謝?敗北したニャルラトテップが、感謝?
「君のお陰で目的が達成出来たんだ」
「成る程」
混乱する俺とは対照的に、介渡は何か合点がいっているようだった。
「私に神格を持たせたのは、君の策略だったという訳だ」
は?どういう事?
「本来進むべき物語を無理やり上書きし、別の物語へと変える。それを実現させる為に君はレイルやクトゥルフ神話の神々、あまつさせ主人のアザトースすら利用してあの状況を作った」
恐らく介渡は、俺が話しに全くついていけてない事を見越して敢えて説明を付け加えたのだろう。生憎まだ分かっちゃいないけどな。
「利用したなんて失礼な。ちゃんとアザトース様には許可はとったさ」
「まあ、最初からおかしい気がしたんだ。君は人間こそ恐れるが、地球の神々を守る一団『異形の神々』の一員の筈だ」
余計に分からなくなる。異形の神々ってなんぞや。
「そんな君が地球の神がいる幻想郷に怒鳴り込もうなんてあり得ないだろう?」
まあ特にそれは知りたい点じゃない。だから、考えないようにする。
「あり得ない訳ではないさ」
「そうかもね。でも君はそんな慈善の精神と妻を娶るような愛は持っているから、確率はかなり低いだろう」
え、ニャルラトテップって妻帯者なのか。てっきり「俺は一匹狼だぜ・・・?」とかいって夜の街を人知れず歩き回るような奴かと思った。
まあ、神と人間では常識が違うのかもな。
とにかくこれで介渡がニャルラトテップに怒りを表さない理由が分かった。
「そうかもね。今回の一件は本当に面白かったよ。数多の世界の君に対する信仰を八雲紫と協力して幻想郷に掻き集め、君を強制的に神にする。本来世界の人口の三割程度でも信仰を獲得出来たら、神様は絶大な力を手に入れるのに、それが世界の人口百パーセントにそれが億千」
「もうそんなものはないんだけどね」
要するにあの時の介渡はチートを凌ぐ力をも持っていたって事か。介渡が反動で暫く寝込んだ訳だ。
ただそうすると、結局奴は自分の目的の為にボスを凄惨な目に合わせた事になる。結果としてボスは報われたが、何とも受け止めがたい事実だ。
「君は疑問に思ったことは無いかい?この世界は一体何処から始まり、誰によって管理されているか」
そこからニャルラトテップは、考えればキリが無い程の沢山の疑問を上げた。
何故他の人の意思は分からないのか。
何故歴史は存在するのか。
何故学問は存在するのか。
それらの答えは本当に合っているのか。
未来も現在も過去もあるなら、その始点は、一体何処からだったのか。
そして、世界は誰の手によって創られたのか。
「・・・君は少し知っていたかな?」
「そうだな。確かリルア達の世界で言えば、『起源神』という五体の神が創った。そして君達、クトゥルフの世界で言えばアザトースが全てを創造した根源だろう」
「その通りだ。では果たして、起源神やアザトース様は何によって創られた?」
世界を創ったものは誰が創った、か。文章をそのまま引用してしまえばそいつらは、何も無い空間から生まれ、形を持たず、そして世界を創りその世界の生物の想像によって形が決まる。とあるが・・・。
「簡単だ。‘‘それらを創った神がいる’’ということだ」
神が生命、世界を創ったなら、そのまた別次元に居る奴が神を創った。
ふむ・・・。理論としてはあり得るが、どうも納得には至らない。
「いや、もしかして神ではないのかもな。俺達が勝手に崇めているだけであって、そいつは実際何の能力も持たず、はたまた違う世界の「一つの命」なのかもな。その上にまた創造主がいて・・・」
「それを実証する為に君は、私にストーリーを塗り替えるという事をさせたのか」
ストーリー?
この世界で起きている出来事は漫画や小説のようなものって事なのか?
「本当は創造主は、一度決めたストーリーを変えるような真似はしない。例えばある小説が、それまでRPGを題材とした作品だったのに、ある日突然、それが日常系を題材とした作品へと豹変したら、どうなる?」
「そんな作品は売れないな。面白みの欠片も無い」
「そうだ。恐らく創造主も、そんな感じでストーリーを改変するのを嫌うんだろう」
「つまり私は、無理やりストーリーを改変させたって訳だ」
「恐らく創造主の手によって、丁度無理も無くなる様に描写されているとは思うがね」
成る程、見えた。
ニャルラトテップは自分を生み、操っている人物は誰か。そしてそれは存在するのか。それを実証しようとしたんだ。
そしてストーリーの改変というものが行われた今、それは決定付けられたんだ。
・・・で、それでどうなるってんだ。
「だから面白かったし、感謝してるぜ」
「・・・君がそれからどうするかは分からないが、一応受け取っておこう」
「それじゃあな。今度会ったら、また話そう。その時は敵か、味方か」
「味方であるといいな」
「その確率は一割にも満たないな」
ニャルラトテップは最後に笑うと、消えた。まるで最初からそこに居なかったように。
「ふう。ヴァルド、見ているんだろう?」
「悪いな。陰湿な事やっちまって」
俺達は病室に帰った。
「・・・さて、別れだ」
俺と介渡、そしてグロウ達の四人は、出立の準備を終えた。目の前には霊夢や魔理沙等、取り敢えず常に暇してそうな人物が集まった。
「私との約束、しっかり果たせよ」
どうやらリルア達は幻想郷に残るそうだ。
「戦士として、男として、約束する」
二人は強い目線を送り合った。
っていうか何で永遠の別れみたいになってんだよ。
「どうせひょろっと立ち寄る事もあるんだろ?別れって程でもねえじゃねえか」
と言うと、何故か周りの奴ら全員から凄い視線を送られた。
「・・・折角それっぽい感じなのに、空気読めないなあー」
「KYよね、KY」
おかしい。俺は間違ってない筈だ。それなのに何だその痛々しいものを見る目は。
やめろ!やめろおおお!
「・・・っつてもお前らがよく分かんねぇ事してっからだろ」
おお、流石グロウ。やはりお前は裏切らないなあ。
「まあそういう事で、私達は基本暇しているさ」
「でも帝国に居を移すんなら、形式だけでもね」
「そうだね。それじゃ、別れの言葉、全校生徒を代表して霊夢君、お願いします」
「え、・・・えっ!?ええと、取り敢えず頑張ってね」
「よし!女の子からの声援とあれば、八十島介渡、現地の治安維持に精進しますッッ!!!」
テンション高いなコイツ。
よし、ここは俺がしめるか。
「皆さん、今まで有難う御座いました。また顔を出す事もあるでしょうが、その時はまたよろしくお願いします」
十数人に見送られながら、俺達は幻想郷を離れた。
東方修行僧その後、完。