東方修行僧 75
大昔、北欧神話では『ラグナロク』という神々の壮絶なる戦いがあったとされ、オーディンやトール、フェンリルやロキといった名高い神や英雄が揃って命を散らした、まさに激闘が繰り広げられた。
そして今幻想郷では、神話と神話がぶつかり合うラグナロクを超える戦いが繰り広げられていた。
片や『帝国』で栄華を極める神の中でも最上位の神群。
片や世界に絶望を知らしめ人々から恐れられる『クトゥルフ神話』の生物達。
信仰を隔離されある程度弱体化しているリルア達は、圧倒的な敵の大群に手を焼いていた。
「くそっ!周りの奴が邪魔でアザトースに攻撃が届かない・・・!」
リルアの放つ高威力の魔法弾はアザトースに届く前に、ミ=ゴ等の下級生物が何匹も重なり盾になって防いでいた。
「ならば俺の劫火で・・・」
「アホ!介渡達まで丸焦げになったらどうするの!」
リヴェンから発した太陽をも越える程の高熱の炎は放たれる前にリルアに静止された。
「残念だが、今の俺達は雑魚の数を減らすぐらいしか出来ないよ」
リーザはそう言いながら、高圧力の電撃を放つ。その稲妻は敵を切り裂き、直接アザトースに当たった。
「あれ?」
「あ、ズルい!」
その様子を見たリルア達は我先にと、魔法弾や炎を放ち始めた。
「のわっ!?」
介渡の頭上を何万度もの炎が掠め、硬化していた介渡の頭が一部昇華した。
(おいおい・・・・・・張り切り過ぎやしないか?)
そう言いながら介渡は頭部を再生し、やれやれと言うように溜め息を吐いた。
「おい!介渡!」
そんな介渡を白夜が呼ぶ。
「第二波のご登場のようだぜ」
介渡が乱気流の中心部を見ると今度は先程出現したものより更に上位の個体と思われるものが出現した。その中にはこれまたクトゥルフ神話最上級のヨグ=ソトースやジュブ=ニグラス他数体の姿まで確認出来た。
「あっちも本気を出したみたいだね・・・」
「あっち‘‘も’’?」
「聞き捨てなら無いな、介渡」
白夜、アジ、テルースは移動スピードを更に上げ、数十体の宇宙生物を轢き殺しながらアザトースに一撃を与えた。
それだけでは飽き足らないのか、手をアザトースについた状態で今度は魔法弾を撃ち込み始めた。
アザトースの体が火を吹く。
「こっちだってまだまだ手加減してるわよ!!」
介渡は開いた口が塞がらなかった。と同時に、こいつらには敵わないなあと、悟ったのだった。
しかしアザトースとしても、やられているばかりでは終わらない。
攻撃の為接近してきた三人を体で感じ、高温の熱を発した。
「あっつ!」
体が焼かれぬ内に三人はアザトースから離れる。だがそれが、油断となった。
「っ!?」
三人の体を一人当たり十匹のミ=ゴが捕縛し、身動きを制限したのだ。
そこにヨグ=ソトースやジュブ=ニグラスのエネルギー弾が襲い掛かる。
「やばい・・・!」
テルースは心の内にそう思ったが、そのエネルギー弾は突如現れた障壁によって爆散した。
介渡のカルビンである。
「君達に傷は負わせないよ」
「恩に着る!」
テルースは力ずくで拘束を解き、他の二人も同様に拘束を解いた。
「厄介な奴らだ!」
三人は自らを拘束していたミ=ゴを一撃で殲滅する。
「アザトースのみならいいが、周りの奴らが鬱陶しい・・・」
アジが周囲の生物を睨む。
「ならば少々、荒っぽい手法に出るが・・・」
介渡はそう言うと、手の平に力を込め能力を発動させた。
「ぬんっ!」
するとたちまち介渡を中心とした球状のカルビンが展開され、周りの生物の障害となって大きく広がっていく。
それは白夜達も例外ではなかった。
「ぐへっ!?」
カルビンの壁に張り付いた白夜。
「ちょっとお前、何やってんだ!?」
「おっと、すまない」
かんかんに怒る白夜の横に、丁度白夜の体がすっぽり入るぐらいの穴が開いた。白夜はそこから球状のカルビンの内部へと入る。
その瞬間穴は閉鎖され、誰も侵入出来なくなった。
「いきなり何なのよ!?それに何で既にアジとテルースは中にいるのっ!?」
確かに白夜が中に入ったときには既にアジとテルースがいた。きっと壁に当たる前に穴を開けてもらい、入ったのだろう。
「いいじゃないか。神様の日頃の行いに対するささやかな人間の復讐だ」
「何だとこら!」
「怒るな怒るな。可愛い奴め」
怒りなのか羞恥なのか分からないが顔が真っ赤になった白夜をほっといて介渡は遠くにいるリルア達に合図を出した。
「作戦移行だ。私が他の奴を隔離している間に七人全員で畳み掛ける」
数秒もしない内にリルアが中に入ってきた。
「大丈夫なの介渡。これだけ周りから叩かれたら痛みも相当なものでしょ?」
「ミ=ゴやその他下位の生物の攻撃は大したことない、いくらでも耐えられる。それにレイルのもある程度は耐えられた、恐らくは他の上位個体でも暫くはもつだろう」
介渡は壁の厚みを更に伸ばし、十メートルを超えるまでに増強した。
「成る程、自身の体ではなく空中に作るものはより厚みのあるものが可能と。何でも出来るんだな」
意外な介渡の能力の汎用性にアジは感心した。
「さて、始めますか!」
リヴェンの掛け声と共に七人はアザトースに攻撃を開始した。
リーザとテルースの剣技と、リーザの雷。
リヴェンの劫火。
アジとリルアの魔法。
更に白夜と介渡の近接攻撃といった怒涛の攻撃がアザトースを追い詰める。
だが、アザトースも光の速度かそれ以上のエネルギー弾を放射し対抗する。
その餌食となったのは介渡だ。
「うぐっ!」
貫通力に優れたその光線は介渡のカルビンを貫いた。介渡の腹に大穴が開く。
「大丈夫か!」
リーザがすぐに介渡の近くに寄り、介渡の体を支えた。
だが、リーザの心配は杞憂だったようで介渡の腹は既に再生を完了していた。
「問題ないようだな」
「ああ・・・だが流石アザトース。あれも通常攻撃の一つに過ぎないだろうがそれでもこれを貫くとは・・・」
介渡は恐れ戦きつつも、安心していた。
今までアザトースと対峙した時は、こうも力のある者が揃った事は無かった。勿論人間としては実力は申し分無いが、それでもアザトースの前では、意味を成さなかった。それが今ではこうして戦いを有利に進めてくれる絶大な力を誇る仲間がいる。介渡はそう認識した瞬間、レギオンズの仲間を思い出した。
(スフォル・・・リルア・・・。君達に出会えて本当に良かった)
しかし介渡は、それに頼り切る事は絶対にしなかった。
「プロテクト展開ッ!」
アザトースからまたも光線が発せられ、今度は全員を襲う。介渡は勿論だが、力が落ちている今の白夜達には、それを避ける機動力は無い。しかし被弾すれば、かなりのダメージを負うのは必須だろう。
「くそ、避けられ・・・」
言葉を発する時間も無い。エネルギー弾はおぞましい速さで全員に迫り・・・。
全員に迫り、途中で消えた。
「ッ!?」
全員の周りに浮かんでいたのは、カルビンであった。
「私が盾になると言ったろ?」
「へっ!やるじゃん!」
攻撃を阻止されたアザトースは今度は躯体を動かして直接打撃を与えようとした。
その兆候を介渡は見逃さなかった。
「左からだ!」
「了解!」
鞭のようにしなるアザトースの腕を全員は難なくかわす。そして次の攻撃が始まる前に介渡の指示が飛ぶ。
「次は上から、そしたらまたエネルギー弾を発するぞ!」
「え?お、おう!」
困惑する中全員がその通りに回避行動をとったら、予想通り上から鞭が振り下ろされ直後に追尾式エネルギー弾が発射される。全員が予期していた為そのエネルギー弾を撃ち落す事が出来た。
「凄いな介渡、よく分かったな」
リヴェンは介渡の方を見て、褒め称えた。
「伊達に奴と三度も戦っていないよ?」
神様が力なら、それに技と知恵、経験で対抗するのが介渡だった。
「アザトースは力こそ絶大だが、白痴だから頭が悪いんだ。だから行動パターンは単純だ」
そこまで見抜いていて介渡が倒せないでいたのは、そこに技術や知能、経験でも対処しきれない神と人間の圧倒的な力の差があったからだが、今は違う。強力な仲間がいるからこそ、活かせる知識だった。
ーーその知識故、彼にはアザトースを殺せない。
「ならさっさと仕留めて消しちまおうぜ!」
勇み立つリヴェン。彼女は眼前に劫火の出現させ、その勢いを強めた。
「燃えて塵になりな!」
リヴェンは手を前に出してそれを発射した。
・・・言い直そう。発射しようとした。
彼女は直前で誰かに手を止められた。
「やらせないよ、リヴェン」
リヴェンはその方向を見ると、一驚を喫した。
その人物が、介渡であったからだ。
「介渡、お前・・・」
リヴェンが呆気に取られてる間に介渡はリヴェンを投げ飛ばした。
「なっ!」
空中で静止するリヴェン。リヴェンは介渡の行動が理解できないでいた。
「お前!何で止めるんだよ!」
リヴェンが声を荒げるも、介渡は神妙な面立ちを崩さなかった。
「・・・君達にも、そして誰にもアザトースは殺させない。そんな事私が絶対に阻止する」
「何故だ!まさかお前、裏切るのか・・・!?」
その言葉に、介渡は反応を示さなかった。ただ、代わりにこう言った。
「リルア・・・君なら分かるだろう?」
その場にいた全員がリルアの方を見た。リルアもまた、介渡と同じように神妙な表情を浮かべていた。
そして、重い口を開いた。
「ええ・・・。介渡がアザトースを殺せない理由、それはアザトースを殺してしまうと、アザトースが創造した世界、そして其処にある全ての生命まで消失してしまうから・・・・・・でしょ?」
リルアの問いに、介渡は静かに頷いた。
「じゃあ・・・このまま野放しにする事しか出来ないのか・・・?」
「分からない・・・」
その事実に落胆する七人を、横殴りにアザトースの腕が襲った。