yahhoi's novel.

私ことやっほいの小説置場です。オリジナル小説に加えレギオンズの皆様との小説、堕華さんとの提携小説や東方二次創作等を書いていきます。

東方修行僧 73

霊力の込められた札がニャルラトテップの体に触れた途端、周囲を橙色の淡い光に包まれた。

それは温かく、優しさを含んでいた。

『くそがッ!くそがぁぁぁぁぁあッッッ!!!!』

苦悶の表情を浮かべるニャルラトテップ。

しかしそれは直ぐに、温かな表情へと変わった。

ニャルラトテップから、レイルの人格が出てきたのである。

「じゃあな巫女さん。世話、焼かしちまったな」

霊夢はその言葉に、微笑みで応じた。

「ヴァルド。お前は若い。やりたいことやって精一杯生きろよ」

「分かってるよ親父」

ヴァルドの心に悲しみは無かった。父がこんなにも満足して旅立つのに、悲しみは必要無かった。

「ヒューマ・・・、俺ににて融通の利かない奴だが、よろしく頼むな」

「了解。その任務、全うしよう。所でレイル・・・」

ヒューマは言葉を濁す。

「何だ?」

「君はニャルラトテップという強大なものに支配されながら、絶対にぶれない、真の自分を持って私達と対面してくれた」

「過大評価だ。お前だって出来るだろう?」

「・・・そうかな。私は強い。いや、強くなった。だが強くなった今でも、まだ『ヒューマノイド』などという名前を名乗っている。親から貰った名前すら通さない私が、擬似人間に拘る私が、君と同じ状況に置かれた時に同じような対応が出来るとは、私には思えない」

ヒューマはゆっくり、浄化されつつあるレイルへと近付いた。その顔には普段飄々とした、お調子者のヒューマの表情は無く礼節や敬意を真剣な面立ちで表す、‘‘八十島 介渡’’としての真の姿があるのみだった。

「これは偉大な君に対する礼儀と、ささやかな手向けだ」

ーー敬礼。戦士であり、軍人であり、男でもあるヒューマにとってその姿勢は、心からの敬意、忠誠を体現した最大の礼儀であった。

「私の真の名前は『八十島 介渡』。八十もの島を介けて渡る、だ」

その瞬間ヒューマは、否、介渡は‘‘擬似人間’’としての自分を、皆に畏れられた自分を捨て、本来のあるべき姿へと戻った。

その姿は敬礼と相俟って、レイルにはとても凛々しく見えた。

「介渡、か。いい名前だ」

レイルもまた、儀礼を重んじる人柄であった。介渡の最大の礼儀をレイルも自身にとって最大の礼儀、敬礼で返した。

彼もまた戦士であり、軍人であり、男である。

「レイル。君と君の勇気溢れるその生き様を私は忘れない」

「こっちもだ介渡。来世でまた会えるといいな」

「その時はニャルラトテップではなく、君自身とお手合わせ願いたいものだ」

「勿論だ」

レイルは笑った。その大人びながらも子どものように無邪気な笑顔は、今までの苦労から解放され、また報われた事の喜びと、災厄を終わらせられる可能性を見出したことの安心を伝えていた。

レイルはその表情のまま透けていき、天へと昇華していった。

レイル・ヘンダーソン。その波乱万丈の人生は全てを他人の為に尽くし、まさしく善人と呼ぶに相応しかった。

介渡はレイルが天に消え逝く最後の最後まで、敬礼をやめることは無かった。

 

 

 「介渡。そろそろいいさ。あの人もそこまで厚かましく見送られちゃ恥ずかしいだろう」

「・・・分かった」

「さて、俺は親父の遺言通りにやるとするか」

ヴァルドがレイルを「親父」と言ったのは自然とそうなったのではない。彼にとってボスは、既に違う人物になっていたからである。

「よろしく介渡。いや、ボス」

ヴァルドは大きな手を介渡に差し出す。それより一回り小さな介渡の手は、がっちりとその手を握り返していた。

「契約成立だな。よろしくヴァルド」

二人は元々そうする予定だったかのように激しく腕を上下し、互いを尊重しあった。

「ちょっと、男二人で盛り上がらないで欲しいんだけど?」

こっちにも触れてよ、と言わんばかりに暇そうにしていた霊夢が咎める。

「ああ、ごめんごめん。二人ともよく頑張ったな~」

ヒューマは宥める様に二人の頭に手を置いた。

・・・いや、実際には置こうとした、のだろう。その手は二人を捕らえる事は無く空を切る。霊夢が一瞬、強烈な嫌悪と侮蔑の込めた眼差しを向けたかと思うと次の瞬間には介渡の体は宙を舞っていた。

「・・・ゑ?」

「近寄るな変態!」

霊夢は介渡を背負い投げする。余り大きくないとは言え、殆ど筋肉の塊である介渡を投げ飛ばす事の出来る少女は霊夢以外にはいないだろう(但し、一部の人外を除いて)。

投げ飛ばされた介渡は、背中にかかる膨大な負荷と共に仰向けに倒れた。

「ぐえっ!」

間抜けな声が介渡から零れる。そんな他愛もない平和はじゃれ合いを、魔理沙とヴァルドは笑って見ていた。

まだ全てが終わった訳ではないが、それでも訪れた、ひと時の平穏な日常。

四人はレイルへの感謝と共に、それを噛み締めた。

 

 

・・・だがその日常を、ノイズが混じった声がすぐに打ち破ってしまうのだった。

「くくく・・・」

四人はそれまでの遊びをやめ、神妙な面立ちに変わった。

戦慄したのだ。

何故ならそれは、その声が先程この世のものでは無くなった筈のものだったからだ。

「あっはっはっは!!」

静まり返る四人とは対照的に、声の持ち主は、嘲るように高笑いをして見せた。

四人の静寂を破ったのは介渡であった。

「・・・ニャルラトテップッッ!!!」

流石の介渡もその一言に憎悪を隠しきれなかったようで、ニャルラトテップはそれを看破していた。

「どうしたんだいそんな怒って、らしくないよヒューマノイドくぅ~ん。いや、今は八十島介渡なんだっけ?」

一瞬介渡は腸が煮え繰り返るような思いをしたが、すぐに平静を取り戻した。

・・・だが他の三人は、特にヴァルドは怒りを顕わにしていた。

「てめぇ・・・ッッ!!」

「だから何でそんな怒ってるのって。だってさ?考えてみな?俺様は既にレイルと分離したってのに何を勘違いしたのか俺様がレイルと一心同体だと思ってレイルを消したのはお前らだぜ?怒るなら自分に怒れよ」

「クソ野郎が・・・的外れなこと言ってんじゃねえ!」

「おいおいヴァルド君、的外れなのは君の方だろう?宇宙神話の中で最強クラスの実力を持つ俺様が、あんな馬鹿みたいにおとなしくレイルとくっついてるかっつーの」

ぎりぎりと歯軋りをする音が、ヴァルドから聞こえた。

「親父をコケにしやがって・・・ッ!!」

「落ち着くんだ、ヴァルド」

介渡が一歩前に出た。

「・・・それで?君の狙いはなんだ」

「そぉだな。今ここでお前らを嬲殺しにしてやってもいいが、もうすぐあの方が来る頃だ。俺が手を加えるまでも無い」

そうするとニャルラトテップは身を翻し、樹海の闇へ歩いていった。

「待て!逃がすか・・・」

魔理沙はニャルラトテップを撃墜しようと、手元に魔力を込め始めた。が、それは途中で憚られてしまった。

・・・介渡は既に見慣れているが、他の三人にとってそのニャルラトテップの禍々しい本来の姿は、三人の気力を削り取るのに十分だった。

「ああ・・・・・・」

「人間風情が楯突くんじゃない。・・・さもないと、たった一つしかない大事な命を失う羽目になるぞ・・・」

ニャルラトテップをそう言い放つと、今度こそ樹海の奥へと消えていった。介渡はそれを阻止しようとはせず、見逃した。

・・・この状況では、‘‘最厄’’が降り立とうとしているこの状況では先にやるべき事がある。

「・・・紫、起きてるんだろう」

介渡がその名を呼ぶと、奥のほうで項垂れていた妖怪の賢者が目を覚ました。

「あら?終わったの。お疲れ様」

「私はまだ任務を遂行していない。お疲れの君はお疲れの三人とともに避難していてくれ」

 

「頑張ってね、介渡」

「!・・・女の子に応援されちゃ、男としては頑張らないとな」

霊夢の激励に、介渡は茶目で返した。

直後に四人をスキマが飲み込み、その場にいるのは介渡だけとなった。

(さて・・・)

介渡は懐から、色尽きの証明弾を取り出し頭上に撃ち上げた。

(そろそろ戦いたくて武者震いを起こしてるだろう・・・)

ーー力の見せ時だ。神様方。

その合図と同時に出撃準備をしていた、偶然幻想郷に居合わせた最高戦力が動き出す。

戦女神、鬼神、太陽神、悪竜、大悪魔、神獣。総勢六名の神群は紅竜玉神殿より飛び立った。

「さあ、とうとう私達が暴れる番よ!!」