東方修行僧 63
「うわァッ!?何だコイツッ!!?」
この世の終わりを見たかのような、そんな目をする男の傍らには、無残な格好で死に絶えた女性、そしてその子ども。更に遠くにはこれまた無残な死に様の男達が数人転がっていた。
更にその近くにはレイルがいた。
「あ・・・ああ・・・」
男は小便を漏らし、その場にへたり込んだ。
「あ、あっち行け!化け物!!」
男が「化け物」と形容するそれは、人型をしていた。だが、人間との共通点はそれだけ。顔はなく全身から触手まで生えていて、もはや生物なのかと疑いたくなるような風貌をしていた。
その化け物は、一部の間では『ナイアーラトテップ』『ニャルラトテップ』等と呼ばれるクトゥルフ神話のトリックスター的存在である。
ニャルラトテップは腕に当たるものを伸ばし、上に上げた。
「ひいい!!助け」
男が言い終わる前にニャルラトテップは鉤爪状の手を振り下ろした。グシャァ!!という音と共に男は真っ二つに引き裂かれ、力なく地面へと落ちる。
レイルはそれを、見ているしか無かった。
「・・・・・・」
無言のままレイルの前に立つニャルラトテップ。レイルの体がガタガタ震える。
「お、俺の部下を殺して何になるんだ・・・?」
「%&ktr・・・」
「?」
レイルはニャルラトテップから、何か不気味な音を聞き取った。だがその音はすぐに聞きなれたものへと変わっていった。
「何を言ってる?その男達はお前の妻子を殺した。お前も殺して欲しかった筈だ・・・そうだろ?」
「に、人間の言語を喋れるのか・・・?」
「久々だから思い出しつつだがな」
そう言うと、ニャルラトテップの姿が異形のものから人間の姿へと変化した。長身痩躯の男性で、傍から見たら何の変哲も無い美形の男にしか見えない。
「な、何なんだお前・・・」
「俺の名前は場所によって様々でな・・・。そうだな、『ニャルラトテップ』にしよう。そう呼んでくれ」
不適に微笑むニャルラトテップに、レイルはより一層の不気味さを感じた。
「・・・レイルだ」
「レイルか。俺を見て発狂しない人類は何万年ぶりだろうか」
「それで、見ただけで発狂しちまうお前が俺に何の用だ?」
「威勢が良いねぇ。旧支配者共なんかよりよっぽど大した奴だ」
ニャルラトテップはゆっくり顔を近付け、耳元で囁いた。
「勇敢な人間、レイルよ。俺と一緒にこのしみったれた世界を破壊してみねェか・・・?お前の大切な存在を奪ったこの世界に復讐してみないか・・・!?」
レイルはゴクリ、と唾を飲み込んだ。自分の直ぐ目の前には、最愛の、自分が最も大切にしていた存在である妻とその娘が、血塗れになって横たわっている。そしてその向こうには、そのかけがえのない存在を奪った主犯である男達の肉塊が転がっている。
世界に平和を齎したのは自分だった筈だ。それなのに何故自分が一番の平和を奪われなければならない?理不尽過ぎる。こんな世界に存在価値などあるのかーー。
揺れ動いた末に、レイルは結論を出した。
「断るッ!!」
落ちていた銃を拾い、すぐさま発砲するレイル。その銃弾を頭部にもろに喰らったニャルラトテップは、後ろへ大きく仰け反った。
「うおおおおっっ!!!!」
間髪入れず、何個もの鉛弾を撃ちだすレイル。ニャルラトテップは体中にその銃弾を受けた。
「ーーハァッ、ハアッ」
弾倉を使い果たしても尚、レイルはニャルラトテップに銃口を向けていた。弾切れを悟らせない為だ。
全弾撃ち果たした所で、ニャルラトテップは地面に倒れた。
「俺が原因で世界に争いが起きるならば、俺はその礎となろう。俺が死んで世界の怒りが治まるならば、そうしよう。だから俺はお前の言いなりにはならない」
「そうか」
ニャルラトテップはゆっくり起き上がった。依然としてレイルは銃口を向けている。
「どこまで偽善者なんだ・・・。だが、気に入ったよ。お前がどうしたら絶望すんのか試したくなった」
刹那、ニャルラトテップの腕がレイルの頭を掴んだ。余りの速さにレイルは反応する事すら叶わない。
「くそ・・・!離せ・・・!」
「お前の心を、俺にくれ」
ドスッ!
「ママ・・・!何処・・・るの?」
「ばけ・・・の!・・・っち、んな」
「人殺しッッッ!!!!」
「ーーはッ!」
レイルは目を覚ました。
「俺は・・・そうだ、ニャルラトテップに腹を刺されて・・・・・・」
レイルは自分の肌を手で触ってみたが、至って変化は無い。唯一あるとすれば、腹部に外傷が無かったという事だ。
そして辺りを見渡すと、レイルは驚愕した。
「何だ・・・これは・・・ッ!!?」
辺り一面、火の手。本当に世界が崩壊しているような光景だった。
『世界が崩壊しているんだ。分かるか?』
レイルの脳内に、直接言葉が響く。
「ニャルラトテップ・・・ッ!」
『上を見てみろ』
レイルは言われるままに上をみた。
「な、何だあれは!!!?」
それはもう言葉で表せなかった。人智を超えた、人間の遥か遠くにいる存在。
『あれはアザトース・・・俺の主だ』
「アザトース・・・!?」
『アザトース』と呼ばれるものは、方々にレーザービームのようなものを放ち破壊の限りを尽くしていた。
「あれが世界を・・・!」
『あの方は俺が召喚した。そして俺は今お前の中にいる。いや、お前が俺の中にいるのか・・・』
「どういう事だ?」
『お前は死んだんだよ。俺が殺した。その残留思念を俺が取り込んでやったのさ。故にお前の体は俺の体。お前は俺の体の中に生きているんだよ』
「な・・・」
『あの時意識は俺にあったが、傍から見ればお前があの方を呼び出したように見えただろう』
「ッ!!貴様・・・ッ!!!」
『お前が世界を崩壊に追いやった。そういう事だ。周りを見てみろ?皆お前に怪奇的な眼差しを向けてるぜ?おお怖い。世界に平和をもたらした英雄が、よもや世界を滅ぼすなんて夢にも思わなかっただろうなァッ!』
「ウアアアァァァァァァァアッッ!!」
レイルは泣き叫び、落ちていたナイフを首に刺した。
もはや血なのかどうなのかすら曖昧なその液体は勢い良く飛び出してきたが、レイルに痛みは無かった。
『無駄だぜ?人間が俺を殺す手段なんて無いからな。今はお前の意識優先だが、忘れるな。これは俺の体だ』
「くそっ・・・くそっ・・・!!」
レイルは夢中で地面を叩いた。
『さて、この世界はもう終わりだな。次行くぞ』
「えっ・・・?」
『何言ってんだ、一回で終わらせる訳無いだろう』
ーーお前に最高の絶望をプレゼントしてやるよ。
「あ・・・やめろ、やめてくれ・・・ああ・・・・・・」
ーーやめろぉォォォォォォォオッッ!!!
その後レイルとニャルラトテップは、世界を渡ってはアザトースを呼び出し、その世界を破壊していった。
その脅威は一部の博識な者達から口々へと伝わり、レイルは崩壊の使者として次元を超えて畏れられた。
レイルの心は、ボロボロだった。
「なぁ、もうやめてくれ・・・」
『断る。こんな楽しい遊びをやめられるか』
「ううっ・・・・・・」
『そうだ、お前仲間が欲しいか?一人ぼっちじゃ寂しいもんな』
「っ・・・」
『それに、人間にとって仲間を失った時の絶望は計り知れないらしいしなァ』
「っ!!?」
『楽しみが増えるぜ・・・ヒヒッ!』