東方修行僧 53
「虚、だと・・・?」
その言葉を聞いてレイルは顔を歪めた。
「そう、虚。私は今までの修行が全て‘‘虚’’を意味する事に気が付いたんだ」
最初の修行は精神の強化の為に容易に怒ったり鬱になったりしないよう、いつも平静で紳士的な態度を取るように心がけた。何度も華扇にお灸を据えられた末、ヒューマノイドは鋼鉄の精神力を手に入れた。
次に行ったのは喪事の処理。明確に言うと、葬式の司会だった。第三者から他人の死とそれを悲しむ遺族の姿を見つめる事によって、死に対して前向きな気持ちが持てるようにした。今では死を悲しみはすれど、それによって自暴自棄に陥る事は無くなった。
「・・・この『紳士的な態度』と『喪事の処理』。これらは全て虚に精通する」
虚は『謙虚』や『虚心』のように『邪心を持たない』という意味合いが含まれ、紳士的な態度とはまさに謙虚とも言えるだろう。
「・・・まさか、それだけなのか?」
「そんなことはない。次は喪事についてだが」
虚宿という言葉がある。古代中国の天文学、占星学に用いられた言葉で、日本で言う星座の名前だ。虚宿には10の星官があり、その中の『虚』には『喪事を処理する』という役割があるのだ。
「つまりどの修行も虚を意味する事になる。それで虚を身に着けた私は、能力としても虚を身に着けたのだ」
「能力としての虚・・・実体をなくし、あらゆる攻撃を透過するとかか?」
『実体のない』の意味合いで言ったらそうだろう。しかしヒューマノイドは、胸の前に腕でバツ印を作った。
「外れだ。それも試してはみたんだがね・・・。とりあえず、正解は『隙』だ」
「‘‘隙’’?」
「『虚を衝く』という言葉があるだろう?隙を突く、という意味だ」
するとヒューマノイドは、体を仰け反って妙なポーズを取りながら、高らかに宣言した。
「つまり私の能力は『虚を衝く』ッ!相手の思考スピードより速く行動する事によって相手の隙に付け入った絶対回避不可能の攻撃を出す、または出せる位置に移動する能力だッ!」
勝ち誇ったようにふんっ、と鼻息を上げる。だが余りに奇妙なポーズ、そんなに格好良くは見えなかった。
「随分突飛な理屈だな。流石の俺でもびっくりだ」
「だろ?でも人間の成長なんてそんなもんさ、目の前の壁に屈してもうダメだと思ったら次の日急に出来るようになったりだとか。まぁ、それも普段の努力次第ってところだけどね」
「そうか・・・
だが、大した変わりは無い」
レイルは全身に力を込めた。あまりの気に周辺の小石等が宙に浮く。
いつのまにか、レイルの傷は癒えていた。
「例え隙を突けても、仕留められなければ意味が無い、だろ?」
周囲に先程の竜巻級の突風が吹き荒れる。
間違いなくレイルは、本気を出そうとしていた。
「つまり妖怪や神等、人間など足元にも及ばない耐久力を持っていればお前の隙を突いた攻撃は無意味という訳だ。そして俺の能力を持ってすれば、神に匹敵する力だって手に入る」
レイルが神々しい光に包まれた。
それに留まらず、その光は幻想郷を飲み込んだ。
「恐れ戦くがいい。最大最凶の主神に与えられし力に」
光が晴れると、そこには煌々と光るレイルの姿があった。
「こうなったまでには確実に死んでもらう」
「君なんか恥ずかしくないのか?そんな煌びやかな姿になって・・・」
「いつまで冷静でいられるかな?」
レイルがそう微笑んだ瞬間、
ヒューマノイドの体が弾け飛んだ。