東方修行僧 42
「う・・・」
「あら、気が付いた?」
「お嬢様・・・」
咲夜は起き上がろうとする。が、体中の痛みがそれを妨げ、彼女に肘をつかせた。
「咲夜、大丈夫?」
しかしレミリア自身も服は汚れ、全身傷だらけだった。
「私は・・・そうか。お嬢様にご無礼を働いてしまったのですね」
「心配しないで咲夜、そんなことで罰を与えるつもりはないわ。貴方は十分に頑張ったわ」
咲夜が周囲を見渡すと、どうやら他でも負傷者が多発しているらしい。
「となると、マインドはもう?」
「終わったのでしょうね。突然皆正気に戻って、そしたら皆気絶してしまったわ」
「そうですか」
「少し休みましょう咲夜」
そう言われた咲夜はまた、眠りに落ちた。
つられたようにレミリアも眠りにつく。辺り一体はすっかり静かになった。
「肩かそうか、アジ」
リーザがアジに寄り添う。
「いや、大丈夫だ。それより自分の身を案じておけ」
アジはマインドに近付く。もうマインドは息をしてはいなかった。
「そいつの亡骸、どうすんだ?放置しておいていいのか?」
「死体を持ち帰るわけにもいきまい。この幻想郷の者には、刺激が強すぎる」
「じゃあ埋める、か」
リーザが少し手に力を込めると、雷撃で人間一人が入れる程度の穴が開く。
二人はバラバラになったマインドの体を集めた。一通り集まったそれは見てて決して気持ちの良いものではなかった。
「うわ・・・確かにこれはキツいな・・・」
「そっとおいてやれ。一個一個の臓器そっとな」
二人は頭や手、胴体等マインドの部位を一個ずつ丁寧に置いた。
顔は半分溶けてなくなってしまっているので、仕方なくそのまま置いた。
「それにしても何でこんな奴の死体処理なんかしなきゃならないんだよ。散々人のことを能力で弄んだ癖に」
「愚痴ってても仕方がないだろう。放置しておいたら目立って人様の迷惑になる」
「それはそうだけどよー」
リーザが駄々をこねている隣でアジはもうマインドの体を埋める作業に入っていた。
素手で。
(素手かよ・・・)
しかし自分だけやらない訳にもいかないので、リーザは仕方なく手伝った。
作業を続ける事数十分。
二人の足元の土はすっかりこげ茶色に染まった。手も幼稚園児並に泥だらけである。
「‘‘大悪魔’’と称されてからまさか土弄りをしようとはな」
「まあシュールな絵面だよな。かく言う我は世界を滅ぼす悪竜なのだが」
手に付いた泥を払いながら二人は談笑する。
しかしリーザは一つ気になる事があった。
「お前いやにマインドの埋葬積極的だったよな」
「ん?そうか?」
「そうさ。マインドを穴におくときもいやに丁寧だったし黙々と素手で埋める作業してるし。もしかしてほr」
そこまでいいかけてリーザはアジの冗談にならない殺意を感じ、言うのを躊躇した。
「ま、まあとりあえず何でそこまでするかをだな」
「こいつは確かに卑劣な奴だった。マインド本人も理解していただろう」
アジが足元に視線を落とす。
「しかしこいつは此方がその事について触れると、いつも「聞き捨てならない。汝の実力を認め、尊重しているからこそ我は持てる力の全力を奮うのだ」の一点張りだった」
「だが奴のやった事は被害者の尊厳を傷付けるものだ。俺はそんな弁解で許せるものでは無いと思うな」
「それは我も同じだ。動機がなんでも結果は覆らない。しかし奴の能力が他人を利用するものでなく、もっと純粋な戦闘に使うものだったら?そしたらマインドはあんな行動に出る事はなかっただろう」
「確かにそうだが、それは架空の話だ。現実に取り込むべき判断材料じゃない」
「そうだ。だから我は奴を手にかけた。ワロドンという種族も相俟って我は奴を殺さなければならなかった。我はヒューマと違い何でも生かせる訳ではないからな。だからせめても埋葬だけは敬意を払いたかった。彼の本当に奥の方に存在する純情さにな」
「ふっ、悪竜がそこまで他人について感情移入をするとはな」
「はは、それもそうだな。さて、もう我々は手を引こう。アザトースに対抗出来るよう、少しでも回復せねばならない」
「はいよー」
リーザとアジは踵を返した。埋めたばかりのふかふかの土が二人の足を食い込ませる。
(ここまで丸くなるとは・・・アジも随分平和に染まったみたいだな・・・)
リーザは一人思うのだった。
ほぼ無人と化したアジトをヴァルドが駆けていった。
「レイル様、マインドとアシッドがやられました」
「あの二人がか・・・他の部隊は?」
「一部の強力な妖怪に無力化されました。まだ存命はしているかと」
「ふん。もう戦力にはなるまい」
レイルは外を見る。戦力は殆ど無くなったというのに、それでもその顔には余裕が見えた。
それもその筈、今までレイルが戦線に赴いて敗戦した戦は一度も無い。それはレイルがあまりにも強力すぎる故、その力をヴァルドは今までに何度も見てきた。
「いつまで続くのでしょうか・・・貴方が世界を破壊する悪魔とならなければいけないのは」
「分かっている・・・ところであの男には俺の事ををなるべく悪人に仕立て上げるように伝えたな?」
「はい。いつもの作業ですから、それはバッチリと」
茶目っ気のつもりなのか、ヴァルドはあえてハッキリとした口調で言った。
勿論レイルはそこまでハッキリ言わなくてもとなるんだが、空気はすぐに元の重さに戻った。
「・・・すまないな。お前達には迷惑をかけてばかりだ」
「いやそれもいつもの事d」
やめろ、とレイルは制止した。
「しかしお前はいつもそうだ。こういう状況になるにつれジョークを飛ばしてくる。普段部隊を上手くまとめてくれてるしな」
「言いたい事はそんなんじゃないでしょう?・・・今回こそは、本気なんですね?」
ヴァルドは強い視線を向ける。
「ああ。もはや命を投げ出しても良いと思っている」
レイルはそれ以上に強い視線をヴァルドに向けた。
「分かりました。では私も死を覚悟致します」
「いや、お前はここで戦線離脱しろ」
「っ!?」
突然の言われた事に驚くヴァルド。しかしレイルは本気であった。
それを感じたヴァルドは、レイルに詰め寄った。
「何故です!?私はボスと生死を誓った筈!」
「もういいんだよヴァルド。お前はこの組織の中でも古参な部類に入る。つまりお前は他の者より多くアザトースの姿を目視している筈だ。恐らく次お前がその姿を見たとき、お前はもう精神をまともに保てなくなる」
レイルは椅子から立ち上がり、ヴァルドに向き合った。威圧感の中に安心感がある、まるで父親のような雰囲気が出ていた。
「事が済んだらあの男の元へ行け。彼なら手厚く歓迎してくれるだろう」
「しかし・・・」
「俺は生き残った者全員そうさせるつもりだ。マインドはもう死んでしまったが・・・彼の元で存分に力を奮ってこい」
「ボスを見捨てろと仰るのですか!!?そんなこと出来ませんッ!!!!」
「その忠誠心・・・やはりお前は立派だ」
そこでヴァルドは奇妙な体験をした。
先程まで目の前にいたレイルが消えた。余りに一瞬で、消えた事を認識したのに数秒かかった程だ。
そして首元に衝撃が加えられたと同時に、意識を失っていった。
ヴァルドは一言も発さない内に倒れた。
「お前は実戦も確かな実力はあるが、やはり兵の統率と指示に優れている・・・。彼も新しい世界で司令塔となる人材を必要とする筈だ。
他の兵士達を頼んだぞ、ヴァルド」
レイルはヴァルドを抱え静かに拠点を出て行った。