東方修行僧 39
「ほらほら避けろ避けろ~」
アシッドの溶解液が断続的に放たれる。勿論一度でももろに喰らったらゲームオーバーなのだが・・・。
「ふん、こっちは避けるスペシャリストだぜ!」
魔理沙がそう豪語するように、幻想郷の住民は弾幕ごっこという遊戯の中で動体視力を日々鍛錬している。本人達はそんな気はないだろうが、その動体視力はプロボクサー顔負けだろう。
それだけではない。ただ避けるのではなく確実に攻撃が出来るようなコースを瞬時に判断できるのも強みだ。
「こっちもいくぜっ!『魔符スターダストレヴィリエ』!!」
魔理沙がスペルカードを唱えたと同時に、星型の弾幕が展開される。
弾幕は広がったり集まったりしながら不規則な動きを見せる。easyシューターなら絶対に避ける事は不可能だ。
しかし、アシッドにはそれは通用しなかった。
「その程度で僕の酸に勝てるとでも?」
弾幕はことごとく酸の壁に阻まれ、形を失くしていく。
「君の魔法は僕に通用しない。それでも尚、立ち向かってくるか?」
「当たり前だ!主人公が異変を解決しなくてどうする!」
「異変・・・か」
「これは戦争だ。異変なんてちっぽけなものじゃない」
酸が波のような形になり魔理沙に襲い掛かる。
「っ!?」
あまりのスピードに魔理沙は一瞬硬直した。
「その一瞬の隙が命取りなんだよ」
アシッドが手を振りかざすと、魔理沙の背後から酸が出現する。
「くそっ!ならこれで・・・」
そして八卦炉に魔法をかけるとミニ八卦炉はブーストし始めた。その推進力を使って酸を回避・・・
「だからその隙が命取りなんだってば」
魔理沙が気付いた頃には辺り一面は酸で覆われていた。
「なっ!?」
弾幕ごっこにおいて不可避の弾幕を展開することはしないというのは暗黙の了解である。別に規制をしている訳ではないが、そういうことになっているのは弾幕ごっこは『殺生』が目的ではないからだ。他にも美しさを競うなどの理由もあるが、基本弾幕は手加減するのが常識である。
しかし戦争においてそのような手加減は必要ないのは火を見るより明らかだ。それは外の世界の常識なのだが、それはつまり幻想郷の非常識。彼女らにとって経験したことのない殺伐とした世界なのである。
「僕は君を全力で殺す気だった。しかし君らは僕達を殺す覚悟が出来ていない」
上下左右どちらへ行っても見えるのは酸だけ。
無理に突破しようとしたら恐らく骨すら残らないだろう。
「くそっ!そんなの御免だぜ!マスタースパークっ!」
ミニ八卦炉を構え、お馴染みの魔砲をぶっ放す。
その威力で酸の包囲網に少しだけ穴が開いた。
「よし!これなら!」
先程と同じようにミニ八卦炉を箒に取り付け、脱出しようと試みる。
しかしすぐに穴は塞がってしまった。
「駄目か!」
刻一刻と酸は近付いてくる。
アシッドは遊んでいるようだった。すぐに止めをささずに焦らすことによって、相手の恐怖感を煽っているのだ。
酸で出来た立体正方形の壁もどんどん迫ってくる。もはや絶体絶命かーー。
「・・・仕方ない。この手だけは使いたくなかったんだけどな」
「ふんっ!」
アジが拳を奮う。
悪竜の渾身の一撃に、マインドの体は砕け散った。
しかし。
「それでは体力を消耗するだけだぞ?」
すぐに再生する。
「アジ!これじゃキリがない!」
「だからといってどうすることも出来ないだろうが!」
アジは暗中模索だった。実際マインド程度の実力だったら簡単にあしらう事など造作ない。しかし相手は無限コンテニュー可能で、且ついつでもリーザを手中に収める事が出来てしまう。
そのような状況を上手くやりくり出来るのはアジしかいない、ということでヒューマノイドはマインドの相手をアジに任せた。実際にアジはリーザをしっかり護衛出来ている。
しかし護衛しながらアジは疑問に思っていた。
(リーザが回復して戦力差をひっくり返される危険性がなくなったとして、一体どうやって奴を倒すのか?)
アジがどれ程考えてもその答えが見出せない。どれだけ体を粉微塵にした所でマインドは再生してしまうだろう。
(今は少しずつダメージを与えていくしかないか・・・)
「うぉぉぉお!!ミニ八卦炉最大出力!!」
魔理沙のミニ八卦炉がこれでもかという程に火を吹く。あまりの出力に包囲網の一部分が凹む程だ。
しかし、吹き飛ぶことはない。アシッドは強烈な念を込めて無理やり酸の形を元に戻した。
「ミニ八卦炉の出力で酸を消し飛ばそうとしたか!?残念!僕の酸はその程度じゃもろともしないよ!」
「残念ながら読みは外れてるぜ!」
「何っ!?」
魔理沙はありったけの魔力をミニ八卦炉に注いだ。ヴゥゥゥンンッ!と唸りを上げて魔理沙は、
魔理沙は、酸の壁に突っ込んだ。
「自ら死にに行くなんて、血迷ったのか!?」
アシッドは両手を広げて嘲り笑う。
対して魔理沙の口元も、ニヤついていた。
「このスピードならギリギリいける!」
「はっ!何がいけるんだい!?地獄に逝けるってことか!?」
「お前は黙って見てろ!」
魔理沙が低い姿勢をとる。酸の壁は、もう目前まで来ていた。
すると直前に魔理沙は箒の上に立った。
「っ!?何をする気だ!」
「こうするのさ!」
魔理沙は箒のブラシのに手を突っ込み、ミニ八卦炉を取り出した。ミニ八卦炉が無くなったことによって箒の加速は止まったが、それでも十分なスピードを出していた。
「ファイナルスパークでもお見舞いするか!?無駄無駄ッ!君の決死の策は見事に打ち砕かれ・・・」
「賭けるぜ・・・『ダークスパーク』ッッ!」
ミニ八卦炉から、どす黒い色をした不気味な極大レーザーが発射される。
ダークスパーク。全てを無に帰すと言われている霧雨魔理沙の最大最強の大技。これならもしかしたらアシッドの酸を振り切れるかもしれない。
しかし。
(威力が足りない!?)
今の魔理沙には、マスタースパーク程の威力しか出ていなかった。それもその筈、魔理沙が最初にダークスパークを繰り出したのは輝針城組みの下克上時。あの時魔理沙のミニ八卦炉は勝手に行動をする妖器と化しており、ミニ八卦炉が自我を持った状態で放った技だ。つまりはミニ八卦炉の本来の力を引き出さなければならないのだが、あの時はミニ八卦炉の勢いに飲まれていたからこそ撃てた技で今の魔理沙はミニ八卦炉の実力を引き出せないでいた。
「ふ・・・賭けと言ったからどんな大技が出るかと思ったら、たかがその程度かっ!」
「くそっ!くそっ!」
魔理沙はありったけの力を八卦炉にこめた。それにより若干勢いが増したが、本来のダークスパークとはまだ程遠い。これでは酸の包囲網を突破するのは難しいだろう。
(お願いだ、応えてくれ・・・私の八卦炉ッ!)
もう酸の壁とは十メートルもない。すわ、もう間に合わないか。
「・・・ははっ。こういう時霊夢だったらなんてどうするんだろうな」
「・・・きっと、最後まで余裕かましてるんだろうな」
「ふー」
魔理沙は深呼吸をし、力を抜いた。
「くくく、ようやく諦めたか」
アシッドの声は今、魔理沙に届いていなかった。
(焦ってても私らしくない。もっと落ち着いて・・・)
魔理沙はただ、精神を集中する。
(覚悟はもう出来てるじゃないか。後は自分のやれることを全力でやるだけだ!)
(道具を扱おうとするんじゃない道具を扱わせていただくんだ)
(道具で戦おうとするんじゃない、道具と一緒に戦うんだ・・・)
魔理沙は目をカッと見開いた。
「ダァァクスパァァァァァクッッッ!!!!」
「何・・・だと・・・」
アシッドは度肝を抜かれた。
魔理沙を囲っていた酸の壁は穴が開くに留まらず、完全に吹き飛んでいた。
砂埃の中には、魔理沙がいた。
「いやー一か八かだったが成功して良かったぜ」
そう言いながらアシッドを見る魔理沙の目には、先程までに無かった覚悟があった。
「君・・・一体いつそんな覚悟を手に入れたんだ?」
アシッドは怯えながら聞いた。
「・・・たった今さ。たった今、幻想郷を身を呈して守る覚悟が出来た」