東方修行僧 29
その頃別の場所では、幽香と勇儀、レミリアの三人が命蓮寺組と対立していた。
「あらあら。命蓮寺の尼僧さんがこんなところで何を?」
「さあ、何故でしょう。急に倒れてしまって気が付いたら体の自由が利きませんでした」
「奇襲・・・また残酷な運命ね。真正面からなら迎え撃てたのに」
「とすると、マインドって奴は私らが酸野郎と戦ってる間に次々と各地の妖怪に奇襲をかけ操っていったってことかい?」
「そうなのでしょう。迂闊でした」
「さて、命蓮寺の奴らとやりあうのはちょっと骨が折れるわ」
「私も文字通り不本意ですが・・・相手にしなければならないのですね」
「さ、とっとと始めちまおうか」
「君の目的は、皆が弱っているところに付け込んで配下に収めることだろう?」
ヒューマノイドの目の前には傷ついて動けなくなった妖夢や文、椛らがいた。
「分かっていたか。我は幻想郷の者同士の争いなど興味もない。全ては汝との全力の抗争の為、利用しているに過ぎない」
マインドは妖夢に近付き、そっと触れた。
「ぐ・・・っぁぁぁあああ!!」
その瞬間妖夢は悶え苦しむ。ヒューマノイドはそれをただ見ていることしか出来なかった。
こめかみには、マインドの部下の銃口が当てられている。
「くっ・・・(すまない・・・)」
「哀れな者だ。己が未熟な故に仲間に敵対してしまうのだから」
その場に居るものをマインドは次々と、自分の能力で手中に収めていく。
「ただ指を咥えて見ているのも退屈だろう。だがもう少しの辛抱だ。もう少しで我は汝らを全滅させる」
「全滅・・・か。ふふっ」
その言葉を聞いてヒューマノイドは嘲笑した。
「何が可笑しい?」
「勝敗が決する前に勝利を確信していると、思わぬところから足をすくわれるものだよ。熊を狩るときはいかに仕留めたかと思っていても、息が無いこと、不用意に近付かないことを鉄則とするものだ」
「面白い。脳が無くなった熊がどれだけ足掻けるか、しばし見てみようではないか」
「スペルカード『想起「賢者の石」』」
「くっ!」
「パチュリー様のスペルカード・・・相変わらずのようね」
「スペルカード『爆符「ぺタフレア」』っ!」
「ひい~!こんなにスペルカードが飛び交っちゃどうしようもないぜ!」
「では反撃しましょう。『幻符「殺人ドール」』」
無数のナイフが四方八方に飛び散る。
「了解だぜ!回転しながらの!『恋心「ダブルスパーク」』っ!」
更には魔理沙のダブルスパークが魔理沙を中心に発射され、周りにいたさとり達は必中を余儀なくされた。
しかしそうしている間にもさとり達から繰り出された尋常じゃない密度の弾幕は魔理沙と咲夜に襲い掛かっていた。
「魔理沙!後ろ!」
「げっ!」
「いって~!油断したぜ!」
「気を付けなさい!さもないと今すぐやられてもおかしく・・・」
ーーパァンッ!
甲高い音と共に咲夜から全身の力が抜けていった。
「ぐっ・・・魔理沙・・・」
意識はあるようだが、どうやっても力が入らない。
「おい!大丈夫か!咲夜!」
「手を・・・離し、て」
「馬鹿なこと言って・・・っ!」
その時魔理沙は気付いた。咲夜の脇腹が赤くなっていく様を。その中心には不自然な穴が開けられていたこと。
「っ・・・!咲夜!」
魔理沙は青ざめた。咲夜はどさくさに紛れて敵兵士に狙撃された。ということはいつ自分も狙撃されてもおかしくはない。
それが致命傷にならないとは限らない。
「っ!っ!」
魔理沙は初めて『死』の恐怖を実感した。逃げないと殺される。しかしまだ助かる見込みがある友人を置いていけない。
かといって咲夜を乗せたまま飛行すると、速度が下がり確実に敵に撃ち落されてしまう。
魔理沙は焦りと恐怖で震えた。早くしないと敵に狙撃される。早く決めなくてはーー
ズブッ。
「っつう!」
突如として魔理沙の手に激痛が走る。
その反射で魔理沙が咲夜の手を離してしまった事に魔理沙自身が気付くのは、数秒経った時だった。
「さ、咲夜!」
「馬鹿ねえ。こういう時に限って何でそう優柔不断なのーー」
最後のほうは魔理沙には聞こえなかった。しかし友人が力なく地面に叩きつけられた事は理解した。
その瞬間に魔理沙は全力で逃げた。敵に、友に、全てに背を向けて。
魔理沙の心の中には自責の念と、友人に対する憤怒の気持ちでいっぱいだった。
「あの馬鹿野郎・・・何で私の手首を爪で刺した・・・。痛くて離しちまったじゃねえか・・・」
魔理沙は、泣いた。
何度もただ、泣いた。
自らを犠牲にして自分を助けてくれた友人は、あの後どうなってしまうのだろう。
ーー殺されてしまうのか。
自分は何も戦争の恐ろしさを理解していなかった。ヒューマノイドがあまりにも事を上手く進めていたから、彼が言う程戦争なんて恐ろしくは無いんじゃないかと思っていた。
しかし違った。今までの自分達の『弾幕ごっこ』とは違い、本当に命を懸けた戦いだった。
それに気付くのが遅かった。覚悟なんて何も出来ていなかった。
覚悟をしろと言ったのは、他ならぬヒューマノイド自身だったではないか。事を上手く進めていた、彼自身が。
その彼ももう敵の手に落ちている。これから幻想郷はどうなるのだろう。死にたくない、死にたくナイ、シニタクナイーー。
魔理沙はただ、逃げ続けた。