東方修行僧 15
ここは紅竜玉神殿。最近不慮の事故でこの幻想郷に来ることになってしまった『神様』達が集う場所である。
「ちょっと耳に入れておきたいことがある」
ヒューマノイドは改まってそう言った。
「どうしたんだ突然」
少女の名はアジ=ダカーハ。
幻想郷を崩壊の危機にまで追いやったことのある悪竜だ。今ではこの神殿の家事担当となっている。
「・・・もしかしたら、この戦いは北欧神話で起きた『ラグナロク』以上の物になるかもしれない」
突然告げられた言葉にダカーハは一瞬のたじろぎを見せた。
「ラグナロクか?あの神同士の戦争・・・。しかし何故この幻想郷で大規模な戦争が起こる?」
「それは・・・。実はこの戦争、裏で何か強大な何かが動いている気がするんだ」
「それはどういうこと?ヒューマ?」
そういって出てきた少女の名は華翠玉白夜。元いた世界の武神という位置に当たる少女で、その力は森羅万象を砕くといわれている程。
今は色々あって大半の力を失っているが、それでも侮れない所か普通では全く敵わない程の力を有している。
そんな彼女も、今では掃除に勤しむ毎日を送っている訳だが。
ヒューマノイドはこの神殿のトップ、リルアとの関係上神殿の住人とは大層仲が良いのだ。
「あんな馬鹿神共が起こした程の戦争がこの幻想郷で起こるって?」
「口が悪いなあ君は・・・。まぁ神様間で何があったかなんて私は知ったことじゃ無いが」
ヒューマノイドは一度咳払いをして、話を続けた。
「一度敵組織のボスの経歴について一人の兵士から教えてもらったんだ。「彼はあまりの絶望に耐えきれず、恐ろしい能力が目覚めてしまった」って言ってたんだ。でも私は納得いかなくてね・・・。確かに人は許容出来ない程の絶望を背負ったとき、その負の感情が爆発して何らかの力に目覚める事はあるのかもしれない。事実、私はそういう人間を今まで沢山見てきた。しかし『理屈を覆す』程の能力が発現したなんて聞いたことがないんだ。そもそもそれは人知を越えている。神ですら扱ってはいけない能力なのかもしれない・・・。」
「成る程、それで?」
「私は一つの仮説をたてた。もしその能力がもっと強大な何かによって与えられた物で、彼はそれに操られているだけだとしたら・・・。それはこの世の全てを作った、私達でいう『創造神』とかそういうものの芸当ではないかと」
「私達でいう最高神って奴ね」
そういうと白夜はフッと嘲笑した。
「どこの神か知らないけど最高神程度のものなら問題ないわね。ヒューマ、もし良かったらそいつを私に戦わせ」
「君はこの戦争で集まった信仰の力をとりあえず試したいだけだろ?」
「我もそう思う。というかこいつ結構前から戦争が起きるってはしゃいでいたからな」
ダカーハは横目で白夜のことを睨んだ。
「いいじゃない最近争いという争いが無いから体が鈍っているのよ」
「白夜。釈迦に説法かもしれないが、戦争というものはまず敵の事を知ることから始まるんだ。確かに君はチート級に強いけど、無敵という訳でもないだろう?」
「あのねえ、武神である私に戦争について教えようなんて、お門違いにも程があるわ」
白夜は声を大にして言った。
「おっと、すまない。でも君が相手の事をよく知らないのは確かだろう?」
白夜はしかめっ面になった。ヒューマノイドは気にせず話す。
「最高神にあたるもので、惑星、または世界を破壊するなんて事をする奴・・・。私は身に覚えがあってね。二度会った事がある。そいつは私の仲間を何人も手にかけてきた。その神の名は・・・
・・・主神、アザトース」
「アザトース?誰それ?」
「我は知っているぞ。確か『クトゥルフ神話』という神話の中で、最高神を務めているという」
「奴は人間所か他の生命など塵程度にも思っていない。いくら人が死のうと、何とも思わないはずだ。いや、そういった感情があるのかさえ分からない」
ヒューマノイドは過去の悲しい出来事を思いだし、思わず顔を伏せた。
「恐らく彼の能力はアザトースによって植え付けられたものだろう。自ら懇願したのか、はたまた強要か・・・。どの道この戦争が終わった瞬間、奴は姿を現すはずだ・・・。奴は世界を破壊することを遊び程度にしか思っていない・・・。恐らく人間同士が争って世界が破滅していく様を見たいだけなのだろう・・・。命の重みも知らないでな・・・」
冷静な口振りと対照的に、これでもかと言うぐらい強く握られた拳を見て、ダカーハはアザトースという存在がこの男にとってどれ程憎い存在なのかを悟った。
「でも最高神程度のものでしょ?私だったら倒せるって」
白夜はドンと胸を叩いた。しかし、ヒューマノイドは俯せたままだった。
「私はこの幻想郷に来るまで、そして君達に会うまで『神』とはなんたるかを知らなかった。神とは信仰あってのもので、信仰の多さと神の力は比例することなんて全くしらなかった。だが知ったからこそ、奴、アザトースの真の恐ろしさに気付いた。奴には・・・信仰がいらないんだ・・・」
「信仰がいらない?」
思わずダカーハの声が上がる。
「信仰がいらない神なんて聞いたこと無いぞ。本当に神なのか?」
「ああ・・・。聞くところによると世界とは、人間が寝る時夢を見るようにアザトースの夢の、それも片鱗でしかないとさえ言われている。どこまでの世界がそうなのか分からないが・・・。夢の中の存在の信仰が無いといけないなんて、そんなことは無いはずだ。奴はもしかしたら、神よりもっと上の存在なのかもしれない・・・」
場が凍りつく。
「・・・それが本当だとして、我らに言ってどうするのだ?」
そう言われるとヒューマノイドは先程にも増して真剣な表情になった。
「そんな存在でも君達が束になればどうにかなるかもしれない。君達の実力は筋金入りだ。恐らく私が考えるよりもっと大きな力を持っている。この話を聞いて怖気づくようなことは無いと分かっている」
「当たり前よ。武神である私より強いなんてことは有り得ないんだから」
「だから君達はその時が来るまで待機して欲しいんだ。くだらないこの戦いで君達の力を無駄使いしたくない。この戦争は私が何とかするから、君達は来るべき時に備えてくれ」