東方修行僧 9
ーー幻想卿某所。
「まだ異常は無いようだな」
「ああ。だが油断しては・・・。ぐっ!?」
「どうした!?敵か!?」
「寝ている人に訊いたって意味は無いよ」
「なっ!・・・グハッ!」
「これで拠点前は制圧かな。・・・まぁ、大した事は無かったね」
眠らせた兵士を茂みに隠した。眠っているところを誰かに発見されたら困る。
魔理沙ちゃん達と別行動をしてから数十分。敵の拠点は目の前にあった。
幻想卿に電気は通ってはいないが念のため周囲の状況を確認した後、敷地内への潜入を開始したーー。
単独潜入とは、中々難しいものである。
今までは潜入任務には必ず指揮官なる者が存在し、数多の機械を使って敵拠点の地形や警戒レベル等様々な情報を潜入者に提供するのが主流である。
しかし、この幻想卿ではそのような技術や人材は存在しない。極めて平和であるといえるこの幻想卿ではそんなものは必要とされていないからだ。江戸時代鎖国していた日本が、軍事面において他国にどんどん抜かされていったのと同じである。
もしかすると河童あたりがそのような技術を持ち合わせているのかもしれないが、無線機程度の物だろう。本当の戦場に身を置いた事が無い者に自らの判断を委ねたくない。よってその無線機は、この状況ではガラクタに等しいだろう。
最近知り合った自らを「鬼神」と名乗る少女の国ではかなりの軍事力を有していると聞くが、話によると諜報活動に役立つ物は持っていないらしい。彼女は「全知」と評判で彼女の世界のあらゆる分野のあらゆる知識を持ち、また人を見る目もある。そんな少女が皇帝であれば諜報活動なんてものは必要ない。恐ろしいものである。
結局何が言いたいかというと、今私は完全に孤立無援の状態なのである。地形は何となくで把握出来るものの、その区画に何人の兵士がいるのか、設備はどの程度整っているのかを自分一人でその場で把握しないといけないのだ。
前方に敵兵が一人。ここは一つ、あの人に教えて頂こう。
私は物陰から一気に飛び出した。
「はっ!敵襲・・・」
「遅い」
腹部に殴りを入れ悶えている所を首を絞め、抵抗する力を奪った。
こうなれば相手の運命はこちらのものである。
「さて、色々教えて貰おうか。まず君達の目的はなんだい?」
サッとコンバットナイフを突きつけた。
「ぐっ・・・。敵になんて教えるものか」
「いいのかな?そうなるとこれで君の動脈血を掻き切らなければいけなくなるのだが・・・」
「構わん。やれ!」
「勝手に死ぬ覚悟を作って。君、家族は?残された者は本当に悲しい思いをするだろうね」
「とうの昔に捨てた・・・」
「本当にそうなの?」
首筋にあてたナイフを降ろした。
「っ!?お前一体・・・!?」
「『捨てた』じゃなくて『亡くした』では無いのかな?私は君達の目的を知らない。だからどうこう言うつもりもない。それは君が教えてくれたって同じことだ。・・・こんな紛い物必要ない。君が君自身の信念に沿って決断してくれ。なんなら今すぐ私をそこにいる仲間達に通達したって構わない。私は君の意見を尊重する」
ナイフ床に投げ捨て、拘束を解いた。
「ごほっ!ごほっ!」
「手荒な真似をして申し訳ない」
「何言ってる、これが普通だ・・・。それよりも何故このような大それた事が出来るのか俺には分からん・・・」
「経験が豊富なんだよ」
「そうか・・・ならそんな経験豊富なお前に訊くが、俺は正しいと思うか・・・?」
その一人の兵士は、全てを語ってくれたーー。
「元々この組織は戦争孤児を救済する組織だった。この組織は『レイル・ヘンダーソン』という方が指揮していて、その方が幼い頃戦争で両親を亡くしたのがこの組織が出来たきっかけなんだ。それから戦争に反対し、戦争を起こした国を悉く壊していった。最初の頃は賛同する者も多く、どんどん人数が増え世界のどの国よりも大きな兵力を持った軍事機関へと瞬く間に変貌を遂げたんだ。・・・そしていつしか戦争は無くなり、戦争孤児なんてものは生まれなくなった。彼の目的は果たされた。
だが戦争は無くなっても、争いは無くならなかった。戦争が無くなった事によりこの組織は必要とされなくなり、解散した。そこで起こったのが就職難だ。メンバーの中には家族を持っている者も少なくなく、その者達は家族を養えなくなった。そして行き場の無い怒りは暴走し、レイルへと向けられた。当時彼も家族を養っていたが、その者達に殺されてしまったのだ。家族を。彼は怒り狂った。家族の殺害に加わった者全てに復讐した。だがそれでも彼の怒りは収まらなかった。その者達の家族まで殺害し始めた。彼は人類を憎み、世界を憎み、神を憎んだ。暴走した怒りは止まる事を知らずにあらゆる国のあらゆる人間を殺した。かつて世界を救った英雄は、世界中の人類を殺戮する悪魔へ豹変した。彼に対抗すべく世界中の国々が協調し、彼を殺しにかかった。彼の怒りは、やがて絶望に変わった。・・・無理も無い。かつて自らが救った世界が、今度は自らに牙を向くことになったのだから。怒り、絶望。人間じゃ許容出来ない程の苦しみが、彼に力を与えた。とてつもなく恐ろしい、人間はおろか神でさえ使ってはいけないような能力。彼はその能力を振るい、一瞬にして世界を消し飛ばした。その能力は・・・
『理屈を覆えす能力』」
「何だって!?」
「彼は世界の理屈を覆し、人間に留まらずあらゆる命を奪った。彼はいよいよ悪魔なんてものでは収まり切らない凶暴な存在へと化した・・・。まともな思考を忘れた彼はその後も色んな世界に渡り色んな世界を破壊していった。そして次はこの幻想卿という訳だ」
「待ってくれ。世界を次々に滅ぼしたのなら、君達は一体何なんだい?何故君達は生きていて、そのレイルとやらに服従しているんだい?」
「・・・彼は凶暴だが、その境遇から同じ戦争孤児に寛大なんだ。彼はまだ優しさを失った訳ではない。俺達は彼の過去に共感し、彼に従いながらも彼を助けようとしているんだ」
「成る程。大義だな」
「だが彼はどんどん壊れていく。もう俺達じゃ限界かもしれない」
するといきなり私の肩を掴んできた。
「お願いだ!!あの方を助けてくれ!!勝手なのは分かってる、でも・・・もう・・・俺達じゃ・・・どうする事も・・・出来ないんだ・・・ッ!!」
惨く、悲痛な叫びだった。目には溢れんばかりの涙が滴る。
この男の覚悟と全力の物乞いに対し、選択肢を作る必要は無かった。
「君、名前は?」
「・・・ヴァルド。ヴァルド・アルファード」
「そうかいヴァルド君。私はヒューマノイド。君の依頼は私が責任を持って果たす」
一人の兵士を背に、一人の戦士が動き出したーー。