東方修行僧 3
あの後私は華扇に家に帰り約束通り200回腕立て伏せをやらされた。
・・・正直、私にとっては楽勝の範囲である。プロのスポーツ選手でさえ、腕立て伏せ200回毎日欠かさずやっているという話は珍しくない。それが軍人なんてものだったら尚更である。
私は、能力に頼り過ぎるといずれ痛い目に遭うと思っているし、そもそも能力を使わないとただの雑魚なんて言われるのは悔しい。よって、日々色んな部位を鍛え上げている。200回ぐらい、朝飯前どころか一ヶ月断食しても出来るぐらいだ。
・・・そんな話を華扇にしてしまったせいで、一回紳士的な態度を怠るにつき逆立ち腕立て10000回となってしまったのは失敗だった。
だが本来罰とは二度と同じ事を犯さないようにする為のものである。今度から気を付けようと、気持ちを切り替えた。ポジティブシンキングには自身がある。
「いいですか?生命とは皆家族みたいなものなんです。誰かが自分とは関係ないのではなく、全員が繋がっているのです。『袖振り合うも多少の縁』ですよ」
「それは分かりますけど・・・またここなんですか?」
そんなこんなでまたもや人里に来た。
前回来たのが2日前なので、多少気が早い気もするが私は既に紳士的口調をマスターしていた。私の飲み込みが早い訳じゃなく、華扇が鬼なのである。
鬼といえば、華扇は以前会った幼い鬼と同じ雰囲気がする。だからといって華扇が鬼だというわけじゃないが、それ程の気配を漂わせている以上、私が思うより相当な実力者なんだろう。この人には逆らわないほうがいいのかもしれない。
「・・・貴方は家族とそんなことがあっても・・・って、聞いてますか?」
「はい?すいません、物思いに更けて聞きそびれてしまいました」
私があれこれ考え事をしている間にどうやらお説教をされていたようだ。付き合わずにすんで良かった。
「はぁ・・・ま、いいです。とにかくまた散歩して貰いますから。では」
そういうと、煙幕を投げて一瞬のうちに消えてしまった。やはり相当実力者なのか。
そんなどうでもいい感想を抱きながら、歩き始めた。
歩き始めて早一時間。
この間のような事なんてそう何度も自分に降りかかる訳じゃない。幻想を殺している訳じゃないし。
そろそろ周りの目線が痛くなってきた。まぁ確かに得体の知れない物を耳に当てた人間が一時間も里をうろついていたら、変な目線で見るだろう。しかしスライドヘッドホンを知らないなんて、人生損している。
とはいえ、このまま何も起こらないのも癪だ。一日を散歩だけで過ごしてしまう。まぁ悪くないか。
しかしここは物語が始まったばかりの主人公のように「何か起こらないかなぁ~」と口にしてみよう。たまには肖ってみるのも手だ。
「何か起k」
「妖怪だー!」
4分の1も言わずに災難が起きた。しかも里に妖怪が襲ってくると言う、随分珍しいケースで。おかしいな、乱数調整をした覚えは無い。
でも本当は人間として生まれてくる事そのものが宝くじに100万回連続で当たるのと同じくらいの奇跡なのだから、こんなことはどうでもいいのかもしれない。
すぐ様声のする方に駆けつけると、小柄な妖怪が少女を人質に取り人々を脅迫していた。人間にとってはその程度の妖怪でも、十分な脅威に成り得るのだ。
妖怪なら早く食べないのかと思ったが、理由を知らないままでそんなことを想像するのはやめよう。暫く隠れて様子を見る事にした。
「この女の命が惜しければ、大人しく前に出ろ!」
「き、君!こんなことしていいと思っているのか!幻想卿のルールに違反するぞ!」
新参の妖怪か。これは巫女がそろそろ片付けるから、私が肩入れすることでは・・・
しかし突如、鈍器で殴ったような音がした。